第6話 甘い束縛と決意の夜
エドワウ・トールギスの金色の瞳が、夜の闇に溶けるように輝いていた。
静かな風が吹き抜けるバルコニーの上で、私は動けずにいた。
王太子、騎士団長、商会長。
——そして、新たに現れた財務監査官ルーカス・グレイ。
四人の貴公子が、私の決断を待っている。
……けれど、私はまだ決められない。
◆◇◆
「……私を、追い詰めるのはやめてください」
思わず、そう口にしていた。
エドワウの指先が、私の髪を優しくなぞる。
「追い詰めているつもりはない。君の意思を尊重するつもりだ」
「だったら……」
「だが、それでも私は君を欲している」
彼の言葉に、胸が締めつけられる。
(ずるい。そんな言い方……ずるい)
エドワウはふっと微笑むと、私の手を取った。
「君は焦らなくていい。ただ、忘れないでほしい」
「……何を?」
「私は、君がどんな選択をしようとも、最後に手を伸ばすのは私だということを」
その瞬間、指先から伝わる温もりに、心が揺さぶられる。
しかし、そのまま彼はなにも言わず私の部屋から出ていった。
◆◇◆
部屋へ戻ると、すぐに扉がノックされた。
「ミレーユ、起きているか?」
低く響く、落ち着いた声。
扉を開けると、そこには ライナス・グレイ が立っていた。
黒い軍服をまとい、真剣な瞳で私を見つめている。
「……ライナス?」
「少し、話せるか?」
私は頷き、彼を部屋の中へ招いた。
◆◇◆
「……お前、無理していないか?」
そう言いながら、ライナスはベッドの隅に腰を下ろした。
「無理……?」
「お前が悩んでいるのは分かる。だが、選ばなきゃいけないわけじゃない」
彼はゆっくりと私を見つめる。
「お前がどう生きたいのか、それを決めるのはお前自身だ」
「………………」
彼の言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。
私は、誰かに選ばれるのではなく、自分の意思で道を決めたい。
だけど——
「俺は、お前を守る」
ライナスの手が、そっと私の肩に添えられた。
「今まで誰かに頼ることなく生きてきたお前を、今度は俺が支える」
胸が、また苦しくなる。
「……ありがとう」
彼の温もりが、じわりと心に染み込んでいく。
◆◇◆
——そして、夜明け前。
部屋を抜け出し、私は静かに馬を走らせた。
(今は、誰とも向き合えない。だから、一人になりたい——)
けれど、その考えは甘かった。
「逃げるつもりか?」
月明かりの下、道の先に馬を止めたセバスティアン・ハワードの姿があった。
「……っ!」
彼は優雅に笑いながら、馬を降りる。
「君は、どうしてそんなに一人になりたがるんだ?」
「私は……」
「私たちは、君を縛るつもりはない。ただ——」
彼は私の頬にそっと手を添えた。
「君を手放すつもりもない」
その言葉に、また胸が締めつけられる。
「……っ」
「いいかい? ミレーユ、君がどこへ行こうと、私は迎えに行く」
彼の声は、甘く、そして確かなものだった。
「だから、覚悟してくれ」
私は、誰にも選ばれない自由を望んだ。
……けれど、こんなにも誰かに望まれるのは、悪くないと思ってしまうのは、どうして?
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