第5話 夜の密談、そして策略
夜も更けてきたので、少ない手持ちを消費して宿を一部屋取る。
薄暗いランプの灯りの下、私はため息をついた。
目の前には、冷静な微笑を浮かべるルーカス・グレイ(王国財務監査官であり、騎士団長ライナスの兄)。
そして、その背後には、エドワウ・トールギス(王太子)、ライナス・グレイ(騎士団長)、セバスティアン・ハワード(商会長)が静かに立っていた。
この狭い部屋でイケメン四人に囲まれて、うれしい気持ちもあると言えばある。
でも、みんな何かしらの思惑がありそうで素直に喜べない。
「……皆さん、本当にしつこいですね?」
私が静かに言うと、ルーカスが肩をすくめる。
「そう言わないでください、ミレーユ嬢。あなたが魅力的すぎるのが問題なのですよ」
「ええ、そうだな。だからこそ、誰のものになるかはっきりさせるべきだ」
そう言ったのは エドワウだった。
王族らしい洗練された所作でワイングラスを傾けながら、金色の瞳を私に向ける。
「君は、まだ誰の隣に立つか決めていない」
「だから私は自由に——」
「ならば、君がどこへ行こうと、私たちは追いかける。それが理解できないほど、君は愚かではないだろう?」
「……っ」
どうしてこの人たちは、こんなにも強引なの?
◆◇◆
私は自由を求めてこの町に逃げてきたつもりだったが、結局、三人の求婚者にすぐに見つかってしまった。
ルーカスが加わったことで、私は さらに逃げられない状況 になっている。
「さて、本題に入りましょうか」
ルーカスが指先でメガネを押し上げる。
「ミレーユ嬢、あなたの追放について、興味深い情報を得ました」
「……え?」
彼の表情は穏やかだが、その言葉には確かな重みがあった。
「君の実家、アシュフォード侯爵家は、現在財政的に破綻寸前だ」
「……!?」
思わず息をのむ。
「そんな……私が管理していたときは、決してそんな状況では……」
「そう。君が管理していたときは、だ」
ルーカスは机の上に何枚かの書類を並べた。
そこには、アシュフォード家の莫大な借金の詳細が記されていた。
「これは……?」
「君の婚約の話が破談になってから、わずか二週間で起こった変化だ。支出が異常に増えているのが分かるだろう?」
私はじっと書類を見つめた。
確かに、数字のバランスがおかしい。
「……誰かが、無駄遣いしている?」
「恐らく、君の姉——カトリーナ・アシュフォードが」
「っ!」
姉が?
「カトリーナ嬢は君の管理がなくなった途端、貴族のパーティーや贈り物に莫大な金をつぎ込んでいる。そして、侯爵はそれを止めようとしていない。理由はわかるか?」
「……まさか」
「そう、彼は君の働きがどれほど重要だったかを理解していなかったのだ」
「……っ」
胸の奥が、ざわりと波打つ。
私のしてきたことは意味があったのだろうか?
◆◇◆
「さて、ここからが問題です」
ルーカスが手を組む。
「このままでは、アシュフォード家は破綻する。その前に、君を連れ戻しに来る可能性がある」
「そんな……追放したのに?」
「必要になれば、どんな理屈でもつけてくるだろうさ」
そう言ったのは ライナス・グレイ。
「俺は正直、アシュフォード家のやつらを許せない。だが、ミレーユ。お前はどうする?」
「………………」
私は、何も答えられなかった。
◆◇◆
その夜、私は宿の小さなベランダで夜風を浴びていた。
すると——
「遅くまで起きているのか?」
低く響く声に振り向くと、そこにはエドワウが立っていた。
「王太子が、こんな時間に……?」
「王太子だからこそ、静かな時間が必要なのだよ」
私が借りた部屋なのになぜか居座っている自由過ぎる男。
正直、ワインを持ち込んでいる辺りでもうどうでもよくなっていた。
彼は私の隣に立ち、ゆっくりと月を見上げる。
「……どうするつもりだ?」
「……分かりません」
私は素直に答えた。
「もう関係のない家だと思っていたのに、いざこんな話を聞くと……どうすればいいのか」
「そうか」
エドワウはふっと微笑むと、私の頬にそっと指を滑らせた。
「っ……?」
「君は、まだ自分の価値を理解していない」
「……?」
「君が戻るならば、私が正式に君を迎えに行こう」
「え?」
「君を王妃として迎えることで、アシュフォード家には『王族の縁者』という絶対的な後ろ盾ができる。それにより、家は立ち直るだろう」
「……!」
そんな方法が——?
「しかし……」
エドワウはすっと私の髪を指で絡め取る。
「それは、“君が私を選んだ場合のみ”だ」
「……っ」
間近で囁かれる甘い言葉。
「君の価値は、誰にも奪わせない。だからこそ——君は誰を選ぶ?」
私の心臓が、激しく鳴る。
そして、私は気づいた。
——今度こそ、本当に選ばなければならない。
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