第3話 自由を求めたはずなのに
「君は、誰を選びますか?」
セバスティアンの低く響く声が夜の静寂を切り裂く。
月光の下、三人の貴公子がそれぞれ私を見つめていた。
——王太子、騎士団長、商会長。
彼らは皆、異なる世界で頂点を極める男たち。
そして、その三人が今、私に求婚をしている。
……何、この状況。
◆◇◆
「……私、追放されたばかりなんですけど?」
できるだけ冷静に言ったつもりだった。でも、私の声は微妙に震えていた。
「それが何か?」
エドワウが当然のように言う。
「君が追放されたのは、家族が君の価値を理解しなかったからだ。私はそうではない」
「俺もだ」
ライナスが低く頷く。
「お前はあの家では『役立たず』と言われたが、それはただの思い込みだ。俺は、お前が本当にすごい女だと知っている」
「ふむ、では私も一言」
セバスティアンが微笑を浮かべる。
「君には優れた才覚がある。商会を支える存在として、これほど理想的な女性はいない」
「………………」
何なの、この人たち。
どうして、こんなにも私を持ち上げるの?
だって、私はただ追放された地味な令嬢なのに。
「……そもそも、皆さんはどうして私を欲しがるのですか?」
そう尋ねると、エドワードがわずかに目を細めた。
「理由がなければ、君を望んではいけないのか?」
「……いえ、そういうわけでは」
「私は、君が有能だから欲しい」
セバスティアンがさらりと言う。
「君の経済管理能力は素晴らしい。王宮の経理官よりも優秀だと確信している。商会をさらに拡大するには、君が必要だ」
「俺は、君の努力を無駄にしたくない」
ライナスの黒曜石の瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「お前はずっと誰かのために生きてきた。なのに、誰もそれを評価しなかった。それが許せないんだ」
「そして、私は——」
エドワウが静かに私を見つめる。
「君を、私の妃にする」
「……っ!」
心臓が跳ねた。
妃……私が……。
「君は、ただの陰の功労者ではない。私は君を王妃に相応しい女性として見ている」
静かながらも断言する声に、私は言葉を失った。
「それは、政略的な意味で?」
「いや」
エドワードはふっと笑った。
「私は、君が欲しい。たとえ王太子でなかったとしても、私は君を選ぶ」
「っ……!」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、心を揺さぶった。
◆◇◆
三人の熱い視線を感じながら、私はゆっくりと深呼吸をした。
——正直、困っている。
自由になりたかっただけなのに、気づけば求婚ラッシュに巻き込まれていた。
選べるはずの未来が、逆に狭まった気がして、息苦しい。
だから、私は——
「……すみません」
そっと一歩、後ろに下がった。
「誰も選べません」
静かな夜の空気が、一瞬で凍りついた。
「……なんだと?」
エドワウが低く呟く。
「ミレーユ?」
ライナスの声が、微かに驚いていた。
「君は、私たちでは不満か?」
セバスティアンが、珍しく眉を寄せる。
「そうではなくて……私は、まだ自由を楽しんでいないんです」
「自由?」
「そうです」
私はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私は今まで、誰かのために生きてきました。でも、これからは自分のために生きたいんです」
三人の視線が、私をじっと見つめている。
「だから、今すぐ誰かを選ぶなんてできません。私は、自分の人生を自分で決めたいんです」
——誰かに選ばれる人生は、もう終わりにしたい。
静寂の中、私の言葉は確かに響いた。
「……なるほど」
最初に口を開いたのは、セバスティアンだった。
「君は、賢い女性だ」
彼はふっと微笑むと、肩をすくめる。
「では、取引といこうか。私たちの中から、君が誰を選ぶか、それは君の自由だ。ただし——」
「……ただし?」
「君がどこへ行こうと、誰と過ごそうと、私たちは諦めない」
その言葉に、私は息をのんだ。
エドワウがゆっくりと歩み寄る。
「私は君が妃になる日を待つ」
ライナスも、優しく微笑んだ。
「俺は、お前がどんな選択をしようと、守るつもりだ」
——え、つまり、
私の自由は、追いかけられる運命つき!?
「……うそ」
思わず呟くと、セバスティアンが愉快そうに笑った。
「さあ、ミレーユ。君がどこへ逃げようと、私たちは追いかけるよ?」
三人の視線が重なり、私はようやく理解した。
——これからが、本当の勝負なのだと。
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