第2話 騎士団長は、護りたい
冷たい夜風。緊迫した空気があたりを支配した。
え? ちょっと待って。
私はただ追放された令嬢で、偶然王太子に拾われたにすぎないはず。
なのに、どうして目の前で 王国最強の騎士と王太子が睨み合っている の!?
「……ライナス、お前は私に刃向かうのか?」
エドワウ王太子は静かにそう言った。
その表情は相変わらず涼しげで冷静。でも、その金色の瞳は微かに鋭さを増していた。
対するライナスも、黒曜石のような瞳に揺るぎない決意を宿している。
「刃向かうわけではない。ただ、俺は彼女を守りたいだけだ」
「守る?」
エドワウの口元がわずかに持ち上がる。
「彼女はアシュフォード家から追放された令嬢だ。今まで散々冷遇されてきた。守るべきものなど、何もないのでは?」
「そう思うのは、お前が彼女を知らないからだ」
そう言い切るライナスの声が、夜の静寂を切り裂く。
私は無意識に彼を見つめていた。
ライナスはじっと私を見つめ返し、優しく、しかし強く言葉を紡いだ。
「お前が知らなくても、俺は知っている。ミレーユはずっと、あの家を支えていた。領地の財政管理、教育、補佐……すべて陰で彼女がやっていた」
「……!」
私は驚いた。
なぜ、彼がそんなことを知っているの?
「俺は、お前の弟に剣を教えていた」
ライナスは続ける。
「何度か屋敷に通ううちに、お前が書斎で一人、膨大な書類を整理しているのを見た。何も知らない子供のような領主の代わりに、屋敷を動かしていたのはお前だったんだろう?」
そう言われて、私は言葉を失った。
誰にも気づかれていないと思っていた。
でも——ライナスは、見ていたの?
「……けれど、そんなこと関係ないわ。私はもう、アシュフォード家とは無関係なのだから」
「それでも、俺はお前を放っておけない」
ライナスの声は、どこまでも真っ直ぐだった。
「ミレーユ、お前はあの家を守るために、自分を犠牲にしすぎた。今度は、俺がお前を守る番だ」
「……!」
心臓が、どくん、と跳ねる。
彼の言葉は、まっすぐ胸に突き刺さった。
誰かに「守られる」なんて、思ってもみなかった。
ましてや、それを言うのが、騎士団長の彼だなんて。
だけど——
「悪いが、彼女はもう私のものだ」
エドワウが静かに、しかし確固たる声で言った。
「ミレーユは私の妃候補になる」
「……妃候補?」
ライナスが目を細める。
「お前は彼女を王妃にするとでも?」
「当然だ」
エドワードは、さらりと言い放つ。
「君が私の妃になることで、君の価値は正式に証明される。陰の功労者としてではなく、王国の未来を担う存在として」
「………………」
私が黙ると、ライナスが低く息を吐いた。
「お前は本当に、彼女を愛しているのか?」
「……それは、君が知る必要はない」
エドワードが静かにそう答えた時だった。
「やれやれ、二人とも随分と情熱的ですね」
別の声が割って入った。
馬車の後方から、優雅な足取りで現れたのは——
「セバスティアン・ハワード!?」
「お久しぶりですね、ミレーユ」
落ち着いた微笑みを浮かべる彼の姿は、月光の下でさえ堂々としていた。
深紅の外套を翻しながら、商会長の彼は涼やかに言う。
「彼女を巡って争うのは結構ですが、私も正式に彼女を求婚するつもりですので」
「……なんだと?」
ライナスとエドワードが同時に低く呟いた。
「ミレーユは、私の妻にふさわしい女性ですからね」
さらりと言い切るセバスティアン。
え、ちょっと待ってください。
この短時間で三人の貴公子が求婚してきたんですけど!?
「………………」
もう、思考が追いつかない。
「さて、ミレーユ」
セバスティアンは微笑みながら、すっと手を差し出してくる。
「君は、誰を選びますか?」
「…………」
待って。心の準備ができてない。
私の自由な人生は、追放された瞬間に始まったはずだった。
なのに、なんで こんなにも選択肢が増えているの!?
——混乱する私をよそに、三人の貴公子の視線が交錯する。
そして、夜空の下、私の人生はまた大きく動き始めたのだった——。
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