第15話 囚われの男
しかし、すぐにエドワウはキリッとした王太子らしい顔に変わり、兵士に問う。
「確かにミレーユ・アシュフォードの名前を口にしていたんだな?」
「はい、殿下!」
兵士が深々と頭を下げる。
「捕らえられた男は、『ミレーユ・アシュフォードに会わせろ』と繰り返しておりました!」
「………………」
エドワウが無言で私を見下ろす。
彼の金色の瞳が、じわりと冷たい光を帯びていく。
「どういうことだ、ミレーユ?」
「……わかりません」
正直なところ、まったく心当たりがない。
私に会いたがる人物——アシュフォード家の者ならば、ここへ来る理由がないし、知り合いの貴族が王宮に忍び込むなんて考えにくい。
ならば、一体……?
「地下へ行く」
エドワウが私の手を取り、廊下を進み始める。
「えっ!? 私も行くのですか!?」
「当然だ。お前の名を出した男だ。 何者かを見極めるのは、お前の役目だろう?」
——強引すぎる!
けれど、彼の瞳には、拒否を許さない力が宿っていた。
「……わかりました」
私は息を整え、彼のあとを追う。
◆◇◆
王宮の地下牢は、想像以上に冷たかった。
石造りの壁からは、わずかに湿気が漂い、灯されたランプがぼんやりと闇を照らしている。
「ここです、殿下」
兵士が重い鉄格子の前で立ち止まる。
「捕らえたのは、この男です」
私はゆっくりと中を覗き込む。
そこにいたのは——
「……嘘」
私は、思わず息を呑んだ。
「……久しぶりだな、ミレーユ」
牢の奥に座っていたのは、アレクセイ・バルデス。
かつて、王都でも有名だった名門侯爵家の跡取りだった男だ。
「アレクセイ……?」
彼は微かに笑みを浮かべながら、鉄格子越しに私を見つめる。
「こんな場所で会うとは、思わなかったな」
「どうして……あなたが?」
私は信じられない気持ちで、アレクセイの顔を見つめる。
彼は、幼いころから私の知り合いだった。
侯爵家の嫡男として育てられた彼は、優秀で、誰からも称賛されていた——あの事件が起こるまでは。
「アレクセイ・バルデス……か」
エドワウが冷ややかに呟く。
「貴様は、数年前に爵位を剥奪され、国外追放になったはずだ」
——そう。
彼はかつて、王宮の陰謀に巻き込まれ、全てを失った男だった。
「……アレクセイ。どうして、王宮に?」
私は震える声で問いかける。
「ミレーユ、お前に伝えなければならないことがある」
「伝えなければならないこと?」
「お前は、標的にされている」
「……!」
「王宮に残るならば、お前はいずれ消されることになる」
その言葉に、背筋が凍りつく。
「……どういうこと?」
「俺は、お前のために動いていた」
アレクセイの青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「お前が誰かの手駒にされる前に、助けようと思ったんだ」
——誰かの手駒?
それは、エドワウを指しているの?
それとも——別の誰かが、私を利用しようとしている?
「くだらんな」
エドワウが嘲るように笑う。
「お前に何ができる? すでに爵位も持たぬ男が、ミレーユを助けるなどと」
「爵位がないからこそ、俺は自由に動ける」
アレクセイの表情は、どこまでも冷静だった。
「ミレーユ。お前は……まだ間に合う」
「……何が?」
「王宮を出ろ」
アレクセイの言葉に、心臓が大きく跳ねた。
「このまま王宮に残れば、お前はエドワウの妃として、道具にされるだけだ」
「っ……」
私は、言葉を失った。
——本当にそうなの?
王宮にいれば、私が道具にされる?
エドワウは私を守ると言いながら、利用するつもりなの?
「お前の言葉に、何の意味がある?」
エドワウが冷たく言い放つ。
「ミレーユは私の妃候補だ。王宮を出るなど、許されるはずがない」
「……なら、選ばせてやればいい」
アレクセイがゆっくりと微笑む。
「ミレーユ。お前が本当に自由になりたいなら、俺と来い」
「……!」
私は、エドワウとアレクセイの間に立ち、 息が詰まりそうになった。
どちらを信じるべきなの?
王宮に残るべきなの?
それとも——ここを出るべきなの?
「……ミレーユ」
エドワウの手が、私の腕を掴む。
「お前は、私のもので、ここに残る」
「ミレーユ」
アレクセイが、鉄格子の向こうから手を伸ばす。
「お前は、なにを望んでいる? 」
——私は、どうするべきなの……?
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