第12話 王宮の陰謀と舞踏会
王宮の門が見えてきたとき、私は無意識に息をのんだ。
豪奢な白亜の城壁が陽光を反射し、どこまでも荘厳な雰囲気を醸し出している。
ここが、王太子の妃候補として迎えられる場所だという現実が、今さらながらに胸へ重くのしかかる。
(私は、本当にここへ来るべきだったの……?)
そんな迷いがよぎった瞬間——。
「遅かったな、ミレーユ」
馬車の扉を開けたエドワウが、金色の瞳を細めて私を見つめた。
「王宮は初めてか?」
「……ええ」
私が馬車から降り立つと、エドワウは当たり前のように私の腰を引き寄せた。
「っ!? ちょ、ちょっと!」
「お前はこれから王太子の妃候補としてここに住むのだ。そういう態度を取られるのも慣れておけ」
「慣れたくありません……!」
「そうか?」
彼は楽しそうに私の耳元で囁く。
「私のものになるという自覚を持つべきだ」
「……っ!」
もう、言葉が出ない。
近すぎる距離、甘い囁き、そして王太子としての絶対的な自信に、息苦しさすら感じる。
——私は、本当にこの人の隣に立つべきなの?
◆◇◆
王宮に入ると、豪華なシャンデリアが輝き、大理石の床がひんやりと冷たかった。
けれど、それ以上に冷たい視線が私に向けられているのを感じる。
「……ふぅん」
通路の奥から聞こえたのは、鈴の音のように軽やかな声。
振り向くと、緋色のドレスを纏った一人の令嬢が、こちらを見下ろしていた。
「あなたが、王太子殿下の新しい玩具かしら?」
「っ……!」
「おい」
エドワウが一歩前へ出る。
「言葉を慎め、レティシア」
「まあまあ、殿下。これはただのご挨拶よ?」
レティシアと呼ばれたその令嬢は、にこやかに微笑んでいる。
けれど、その瞳は氷のように冷たかった。
「私、レティシア・フォン・ルヴァン。王宮の社交界を取り仕切る侯爵令嬢です」
「……ミレーユ・アシュフォードです」
私が簡潔に名乗ると、彼女はおかしそうに笑った。
「アシュフォード……ああ、あの没落しかけの家ね?」
「……!」
「大変ねぇ。妃候補にならなかったら、あなた今ごろ路頭に迷ってたんじゃない?」
——分かりやすい嫌味。
「レティシア、もういい」
エドワウが低く言う。
「ミレーユは私が選んだ女だ。貴様が何を言おうと関係ない」
その言葉に、レティシアの笑みが一瞬消えた。
そして、すぐに取り繕うように微笑む。
「……そう、殿下が選んだ女、ね」
レティシアの視線が、何かを見透かすように私を見つめた。
「では、せいぜいこの王宮で生き残れるように頑張ることね?」
彼女の言葉に、私はただ黙っていた。
——私の前途が、決して平坦ではないことを悟りながら。
◆◇◆
その夜、王宮では舞踏会が開かれることになっていた。
「王太子の妃候補が王宮に迎えられたのだから、正式なお披露目が必要だ」
そうエドワウが言い、急遽決まったのだ。
「準備はできたか?」
私の控え室に現れたのは、ライナスだった。
彼の瞳が、静かに私を見つめる。
「……お前、無理していないか?」
「ライナス……」
彼の言葉に、心が少し揺れる。
「私は……大丈夫」
「本当に?」
彼はゆっくりと私の手を取った。
「お前が望まないなら、今すぐここから連れ出すこともできる」
「っ!」
「ミレーユ、お前が選ぶ道がどんなものであれ、俺はお前を守る」
彼の低く優しい声が、胸の奥を震わせる。
「だから……無理するな」
「……ありがとう」
ライナスの手の温もりが、そっと私の指を包み込む。
その安心感に、涙がこぼれそうになった。
けれど、その瞬間——。
「随分と仲が良さそうだな?」
エドワウが、扉の前に立っていた。
金色の瞳が、鋭く光る。
「……俺の妃候補に、 手を出すつもりか? 」
ライナスが、ゆっくりと手を離す。
「違う。ただ、ミレーユの選択を尊重するだけだ」
「ふん」
エドワウは冷笑し、私の手を 強引に引いた。
「ミレーユは“私と踊る”んだ。余計な手出しは無用だ」
「っ!」
彼の腕の中に引き寄せられ、体温が急に近づく。
「お前は、もう私のものなのだからな」
心臓が、ひどく跳ねる。
エドワウの腕の中で、私はこの王宮で何が待っているのかを、改めて思い知らされた——。
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