第11話 突然ワインを飲む人たち
エドワウの低く響く声が、背筋を這うように私の耳元へ届く。
ぞくりとするほどの支配的な言葉。
だけど、私はもう誰のものでもないはず——そう思っていたのに、心臓が跳ねる。
自由を手に入れたはずの私は、今度は王太子の庇護という名の檻に閉じ込められようとしているのかもしれない。
◆◇◆
アシュフォード家を後にし、王都へ向かう馬車の中。
ルイスは、私の腕にしがみついたまま小さく寝息を立てている。
安心しきったその表情に、私はそっと微笑んだ。
(ルイスはもう、家の道具として扱われることはない)
それだけでも、ここへ戻った意味はあったのかもしれない。
「さて、次の問題は君の行き先だな」
向かいの座席でワインを口にしながら、セバスティアンが言う。
外套を翻しながら優雅に座る彼は、相変わらず余裕に満ちていた。
「王宮に行くか? それとも、私の商会で新しい生活を始めるか?」
「……え?」
私は思わず息をのむ。
「王宮……?」
「当然だ」
エドワウがさらりと言う。
「妃候補が王宮にいないというのは、問題だからな」
「ちょ、ちょっと待って。私はまだ——」
「迷っている?」
エドワウはふっと笑うと、私の顎を軽く持ち上げた。
「それなら、私のそばで考えればいい」
「……!」
距離が近すぎる。
金色の瞳が私を射抜くように見つめ、指先の温もりが頬を熱くする。
「……強引です」
「そうか?」
彼は平然とした顔で指を離し、ワイングラスを回した。
「お前は、私から逃げられない」
さらりと言うその言葉が、まるで運命を決める宣告のようだった。
◆◇◆
「……お前、本当に王宮へ行くのか?」
馬車が止まり、ルイスがエドワウに城へ連れられた後、ライナスが私に問いかけた。
黒曜石の瞳が、私を真剣に見つめている。
「王宮に行けば、お前はもう自由ではなくなるぞ」
「……そうね」
私もそれは分かっていた。
エドワウの妃候補として宮廷に入れば、もうただの追放令嬢ではいられない。
それでも——
「私は、選ぶために王宮へ行くわ」
ライナスの目がわずかに揺れた。
「お前は……」
「私を止める?」
「……いや」
彼は短く息を吐き、私の手をそっと握る。
「どこに行こうと、お前を守る」
「……!」
ライナスの手は、エドワウのような支配的なものではなく、 ただ私を支えようとするもの だった。
「……ありがとう」
「礼はいい」
ライナスは少し顔を背けながら、私の手を離した。
「だが、一つ言っておく」
彼はじっと私を見つめ、静かに言った。
「……俺は、お前を誰のものにもさせたくない」
「っ!」
心臓が大きく跳ねる。
「それだけは、覚えておけ」
言葉の意味を理解する前に、ライナスは私に背を向けた。
——私は、本当に選べるの?
王宮へ向かう道の先には、どんな未来が待っているのだろう——。
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