第10話 弟を救え、家族の真実
まだ幼い弟が、涙を浮かべながら私のドレスの裾を掴んでいる。
——カトリーナと父が、ルイスをどこかにやろうとしている?
「……ルイス、落ち着いて。何があったの?」
私はしゃがみ込み、弟の肩を優しく抱く。
彼の小さな体が震えているのを感じ、胸が締めつけられた。
「父上と姉上が、ぼくをどこかの貴族の家に送るって……!」
ルイスは必死に言葉を紡ぐ。
「ぼく、いやだ! 姉さま、助けて!」
「……っ」
ルイスはまだ10歳にも満たない子どもだ。
父とカトリーナがそんな彼をどこかへ送り込もうとしているというのなら、それは養子縁組か、もっと別の取引か——。
「……まさか、借金の肩代わり?」
私が低く呟くと、父の顔が一瞬引きつった。
「ミレーユ、余計な詮索は——」
「やはり、そうなのですね」
ルーカス・グレイが冷静に言い放つ。
「アシュフォード家が負った借金の相手が、貴族の家ならば……養子を差し出すことで債務を帳消しにする。これはよくある手法ですね」
「っ……!」
父はルーカスを睨みつけるが、彼は余裕の笑みを浮かべたままだった。
「……ルイスを、どこにやるつもりなの?」
私は、真正面から父を見据えた。
「そ、それは……」
言葉を詰まらせる父を尻目に、カトリーナが優雅に微笑む。
「ミレーユ、誤解しないで。ルイスの未来のためよ?」
「嘘をつかないで」
私はぴしゃりと言い切った。
「これは未来のためじゃない。ただの家の都合でしょう?」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない?」
カトリーナは肩をすくめるが、唇の端がわずかに引きつっている。
「ルイスはまだ子どもよ。それに、ちゃんとした貴族の家に行けば、今よりも良い暮らしが——」
「そんなの、ルイスが望んでいない!」
私は怒りを抑えられなかった。
「彼の未来を決める権利は、あなたにはない!」
「ミレーユ、いい加減に——」
「黙りなさい、父上!」
私は 初めて、父に向かって怒鳴った。
父が驚いたように目を見開く。
カトリーナもまた、私がこんなに強く反論するとは思っていなかったのか、唇を噛んでいる。
「さて」
低く、けれど圧倒的な存在感を持つ声が響いた。
エドワウが私の後ろから一歩前へ出る。
「ルイス・アシュフォードは私が保護する」
「……は?」
父とカトリーナが同時に顔を上げる。
「な、何をおっしゃいますか、王太子閣下?」
「私は、妃候補の家族を見捨てるような男ではない」
エドワウは静かに微笑みながらも、目はまったく笑っていなかった。
「ルイスを無理やり他家へ養子に出すというなら、私はそれを王家への敵対行為とみなす」
「っ……!」
父の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そんな、王太子殿下にそこまでのご配慮をいただくなんて……!」
「ミレーユの弟だからな。彼もまた私の庇護下にあるということを忘れるな」
エドワウはルイスの頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「ルイス、お前はどこにも行かなくていい」
「……!」
弟の大きな瞳に、涙が浮かぶ。
「ミレーユと一緒に生きる道を選べ」
「……っ、ありがとう……王太子さま」
ルイスがかすれた声でそう言った瞬間——
「……納得できないわ」
カトリーナが低く呟いた。
その瞳には、はっきりとした敵意が浮かんでいる。
「あなたがいなければ、家はもっと上手く回っていたのに」
カトリーナの声が、 まるで呪詛のように冷たかった。
「ミレーユ、あなたが全部、壊したのよ」
——ああ、やはり、私たちはもう姉妹ではないのだ。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
「……それでもいい」
「え?」
「私は、自分の意志で道を選ぶ。もう誰にも支配されない」
カトリーナが目を見開く。
「あなたたちは、私を利用しようとした。でも、もう私は誰のものでもない」
——私は、自由を取り戻す。
「ルイスを連れて、ここを出ます」
その言葉に、屋敷の空気が完全に凍りついた。
「……さて、お前の反論は?」
ライナスが鋭い声を落とす。
「カトリーナ、お前にルイスを引き渡す権利はない」
「……っ」
カトリーナの美しい顔が、悔しそうに歪む。
「ミレーユ……あなた、いつの間にこんなに強くなったの?」
「それは、あなたが私を追い出してくれたからよ」
私は静かに微笑んだ。
「もう、この家に未練はない」
ルイスの手を握ると、彼はぎゅっと握り返した。
「姉さま……」
「一緒に行こう、ルイス」
父もカトリーナも、何も言えない。
私は、ルイスとともにアシュフォード家を去った。
もう二度と、この屋敷へ戻ることはない。
だけど——
エドワウが私の隣で低く笑った。
「ミレーユ、お前は 私のものだということを忘れるな」
「……っ!」
この自由は、もしかすると新たな束縛の始まりかもしれない。
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