【第三章】『第四十二話』翠雨は乾いた心に沁み込む
サバス。悪魔崇拝者が集う会。黒魔術や悪魔召喚を好む集団。集会の場所は大きな湖があるところだと昔読んだ本に書いてあった。でもその正体は明らかになっていない。私が学んだ限りでは占星術師と同じで架空の存在に近かった。
私の中から使い魔を引き離すことができればこの力から解放されるの?
「ふむ、血は止ったな。傷口もなく眼球に傷がついているわけでもない。しばらく様子をみるとしようか」
「ありがとうございます」
「採血だけしてよろしいかな?今後同じようなことがあった際に薬など用意できるかもしれん」
「はい。お願いします」
部屋には長年王家に仕えているバルムンク医師がやってきた。一度だけローリオ王子と一緒にいるところをみかけた。陰気そうで好感の持てる人ではなかった。
カバンから注射器を取り出すと私の腕に針を刺した。ゆっくりと血が抜き取られていく。
「またなにか症状がでたら呼んでください。すぐに駆け付けます」
礼を言うとバンベルク医師は部屋を後にした。
「大丈夫ですかクレア様」
「はい。大丈夫です。心配をおかけしてすみません・・・」
ヴェルサさんは部屋に飾ってあった生花の水を変えていた。
ユーネスト様が言っていた協力って一体どういうことなんだろう。でもブリオッシュ国王陛下と険悪だとレオンが言っていた。もし本当にそうなら、ユーネスト様への協力は反逆罪にもなりかねない。
新しく活けられた白い薔薇の花びらが一枚ゆらゆらと床に落ちていく。
ヴェルサさんが用意してくれたハーブティを飲みながら窓の外を見ていると、薔薇園の方に人影が見えた。まさかこんな雨の中に誰かいるなんて。なにか見間違えたんだわ。
けれど気になってもう窓に張り付いて覗いて見るとそこにはローリオ王子の姿があった。傘もささずにどうしたんだろう。
バルコニーに出て階段を下りていく。
「ローリオ王子!?」
「・・・クレア?」
「どうされたんですか。こんなところで」
ローリオ王子に近づくといつもの煌めきが霞んでいた。
「ジェラルダを待っているんだ。中々帰ってこないから」
「こんなところでですか?ずぶぬれじゃないですか。風邪をひいてしまいます」
ふらふらと歩いていくローリオ王子の腕を掴むととても冷たい。雨で濡れるローリオ王子を見上げると哀しそうな顔で私を見つめている。どうしたんだろう・・・いつもと様子が違うわ。
「クレア」
そのまま抱きしめられるとローリオ王子の身体は酷く冷え切っていた。
「ロー」
「離れないでくれ。私から・・・」
寒さで震えているのかわからない。けれどいつになくローリオ王子の身体が小さくみえた。その震える背中に手を回した。
「大丈夫ですよ。私はここにいますから」
「・・・」
「ここは寒いですから、お城に戻りましょう。ジェラルダ様も直戻られます」
□□□
暖炉に薪をくべて火を起こした。暖炉の前に座るローリオ王子。タオルを差し出すと呆然としながらパチパチと爆ぜる火の粉を見つめていた。やっぱり今日は少し様子が変だわ・・・。
「あの・・・着替えた方が。風邪をひいたら大変です。そうだグレイマンさんに頼んで持って来てもらいま」
ローリオ王子が服の袖を掴んだ。
「すぐに乾く・・・。傍にいて欲しい」
見つめられる視線が胸を締め付ける。そんな風に見つめられたらなにもできなくなる。隣に座るとぽたぽたと雨粒がソファに落ちていく。
「クレア」
吐息が混ざる熱のこもった呼び方に紅潮する。何度か頬をなでられると少しだけくすぐったい。
「嫌じゃなかったら目を閉じて」
「えっ・・・?」
どういう意味なのか一瞬わからなかった。ローリオ王子の顔が近づいてくる。キスされる。頭のなかで過った言葉に更に身体が熱くなった。思わず目を閉じていた。ローリオ王子の言葉を理解したからじゃない。反射的に目を閉じていただけ。
ふわっと柔らかな唇が重なった。驚くほど柔らかくて甘い。ただ触れているだけのキスなのに溶けそうになるほど身体の芯が熱くなる。目を閉じながらローリオ王子のぬくもりを感じた。
優しいくて気持ちが良い。
身体が冷えているからだろうか。中心から熟々と熱が帯びて行き全身にまわり始めている。
「ロッローリオ王子」
「ごめん。いやだった?」
その問いに首を横に振ると、ローリオ王子はクスリと微笑んだ。
「よかった。もう一回してもいい?今度はもっとクレアを近くに感じられるような口付けを」
「あんっ」
一度唇を吸われると思わず声が漏れた。そこから何度も何度も唇を軽く吸い上げていく。繰り返される行為に次第にじれったさを感じてきた。ジェラルダ様ならすぐに舌をねじこませてくるのに・・・。
甘い接吻の中でじんわりとした苦味が口の中に広がっていく。この苦味は。
ぽたぽたと雨粒が二人の身体から流れていく。
「クレアも濡れているから着替えた方がいいんじゃない?」
「あの・・・もしかしてローリオ王子、痛みがあるんですか?呪いの・・・。今日は少し様子がいつもと違う気がして」
「痛みなんてないよ。私は治療を受けているから」
「だったらどうして」
「クレアに触れたいからだよ。呪いなんて関係ない」
「ローリオ王子」
「おいで。私が拭いてあげるよ」
唇を重ねながら、ローリオ王子の指先がブラウスのボタンを外していく。ローリオ王子の甘い言葉が簡単に私の脳内を痺れさせた。ひとつ、ふたつと外されたところで手が止まった。
「なんだ。ジェラルダのやつもう手をつけていたのか」
数日前にジェラルダ様に付けられた赤い痕をなぞった。
「ちっ違います。こっこれはその・・・」
「大丈夫だよ。クレア。私が今変えてあげるから」
赤い痕の上にローリオ王子の熱を持った唇を落すとちゅっと吸い上げていく。身体が跳ね上がり濡れた声が溢れた。




