【第三章】『第四十一話』聖母は悪魔を甘やかす
「貴方が死者を甦らすことができるというのは本当かな?」
雨はいつ止むのだろうかと、頭の奥で考えていた思考を遮断された。
ブリオッシュ国王陛下の実弟であるなら、私が黒魔術を使い『死の魔女』の蘇りと呼ばれていることは知っているはず。それをわざわざ問う理由はなんだろう。ユーネスト様は続けて問いかけてきた。
「失敬。少し聞き方粗暴だったかな。使い魔をその身体にお持ちだと?・・・私は貴方が心配なのですよ。得体も知れないその力を宿した貴方がね」
王家の身内であるならこの人もウロボロスの呪うに侵された一人。
「占星術師は貴方を『死の魔女』の蘇りだと予言したそうだが私はそうは思わない」
「占星術師の予言は外れることがあるのですか?」
「さぁどうでしょう」
あいまいな回答は今日の天気のように雲隠れされているみたい。ユーネスト様はゆっくりとテーブルの中央に手を伸ばした。小瓶を開けるとスプーン一杯分の砂糖をティーカップの中に落とした。ゆっくりと混ぜながら砂糖が溶けた頃にもう一度紅茶を口に含んだ。
「占星術師も神ではない。もしこの世の理を全て把握できるのなら、あの日王家が『死の魔女』の呪いをかけられることもなかったでしょう。それに当時の占星術師は数日前に『死の魔女』は自ら命を絶ったと予言していたらしい。けれど彼女は生きていた」
「私は・・・自分が『死の魔女』の蘇りだとは思えません」
「同感です。なぜなら百年前のあの日『死の魔女』を含む血縁関係者全てに死罪が言い渡されている。その後も魔女裁判により関わった者全て極刑が言い渡されている。それが村の住人に知れ渡り魔女狩りなどと呼ばれるようになりましたが」
「・・・」
「非道に聞こえるかもしれないが時代は時代。戦時下においてその原因が魔女ならばその芽を摘まなければならない。中には『死の魔女』をまるで神のように崇拝する魔女も少なくなかったと聞くからな」
最初に城へ連れて来られたとき占星術師が持っていた水晶の中で悲痛な叫びをあげている『死の魔女』のことを思い出した。業火の中で苦しみと憎しみにもがきながらウロボロスの呪いをかけた『死の魔女』。
「それなのにどうすれば『死の魔女』の子孫や後を継ぐ者が現れる。そんなもの無理な話だ。ではなぜ関係もない貴方に『死の魔女』の力だけが受け継がれているのか」
私がこの村に生まれたときは村人も魔女も同じ人間として平穏に暮らしていた。周りにいた魔女の家系もなんの偏見もなく暮らしているのようにみえたけど。
この左目を見た村人たちの顔は正気を失い青ざめていた。
「結果論からして貴方がなんらかの形で使い魔をその身に宿しているからだと私は考えている」
「どうして使い魔は私に・・・」
「さぁ?それは貴方の方が知ってるのではないですか?」
「それはどういう意味でしょうか」
「とにかく、貴方の中にいる使い魔が『死の魔女』が契約した使い魔だと仮定するのなら・・・。貴方に呪いを癒す力があることにも合点がいく」
「でもそれだけでは呪いを解くことはできていないんです」
「それは貴方を介しているからではないのですか?」
「・・・?」
「もし貴方の中にいる使い魔を呼び出し、この世に引きずり出すことができれば・・・。直接使い魔から生血を調法しウロボロスの呪いを消す秘薬を作ることができるのはずだ。古来より西側ではそういった儀式が行われていたらしい。生贄を捧げ使い魔を呼び出し生血をすすることで不老長寿になれるとね」
私の中から使い魔を引きずり出す?そんなことできるわけない。それができないから私はこの左目に苦しんできたというのに。
「お言葉ですが私の中から使い魔を引き離すことは無理だと思います」
「ほう、それはなぜ?」
「使い魔は私の左目にいます。幼い頃よりこの左目に悩まされてきました。母や祖母の勧めでこの左目を元に戻す方法を探して来ましたがなにも効果をなさなかった・・・」
「なるほどね」
カタンと軽い音を立ててティーカップがソーサーに戻された。私は冷めた紅茶の中を見ながら自分の顔が薄っすらと映っていることに気がついた。
急に雨脚が強くなった。雨は窓を濡らしている。
「私はウロボロスの呪いを解く方法をあと一歩のところまで掴んでいるんだよ」
「えっ・・・そ、それは本当ですか!?」
「まぁ驚くのも無理はない。この話を私はブリオッシュ国王陛下にもしたことはない。極近しいものにしか話していない」
「・・・」
「シーファスの泉をご存じですか?別名悪魔の水飲み場」
「悪魔の水飲み場・・・?知りません。そんなところ聞いたこともないです」
「シーファスの泉は冥界地獄へと繋がっていると言われています。悪魔はたまにそこへ人を陥れて遊んだりするのです。その場所で還すことができれば貴方は使い魔から解放される」
「でもそんな場所どこに・・・」
「ノンスムーン。西南地区に存在する。だがあそこはまだ内戦が酷く我々が立ち入ることができない。しかし私はそこへ通ずるための道を見つけ出した。もしあなたが私に協力してくれるのならそれをお伝えしよう。呪いが解ければこの城からも開放し家に帰ることを許す」
「・・・家に帰れるんですか?」
「ふふふ。考えておいてください。私は貴方の味方だ。また伺います」
ユーネスト様はそういうと立ち上がり部屋から出て行った。ティーカップの底には溶けきれなかった砂糖が溜まっていた。
「クックレア様っ!どうされたのですか。目が、目が・・・!」
「えっ?」
食器を下げにきたヴェルサさんが私の顔を見て驚いている。目と言われ右目に触れてみるけどいつもとかわりはない。すると左の頬に気持ちの悪い感触がした。そこに触れるとべちゃと指先に生暖かい液体が付いた。そして白いテーブルクロスにぼたぼたと落ち始めた。
「血・・・?」
「すっすぐに医者を呼んで参ります」
痛みなんてない。どうして急に・・・。どくどくと流れてくる血は自分の意思で止めることができない。まるで生血を欲した人間の言葉を嘲笑うかのように流れ続ける。
そのとき正面にいた黒猫の置物と目が合った。あれ・・・確か枕元に・・・。




