【第三章】『第三十七話』凍てつく慈雨は今も頬を濡らす
百年前、ここパルタナス国と西国シーザス国は終戦を迎えた。その後は両国は安心して暮らせているけれど・・・。その一方で今でもシーザスの西南地区では内戦が続いているのは事実。敗戦したシーザスが西南地区にあるノンスムーンの領土だけは譲らないと和平交渉が進まずにいる。
おばあちゃんの両親がそのノンスムーンに住んでいたらしいけど争いが激化していきパルタナスに移住することを決めたらしい。終戦後のパルタナスはそれまでの魔女への不当な扱いを認め、受け入れる体制を作っていたからおばあちゃんはとても住みやすくて移住して正解だったとよく話していた。
父と母がその内戦の救護班に向かうことになったのは私が生まれてから。傷ついている人を放ってはおけないと志願したらしい。おばあちゃんはどんな気持ちで見送っていたんだろう。
あの日、冷たい雨の中で動かなくなった父の亡骸を前に手を握って一晩中涙を流すことなく過ごしていた。泣きじゃくる私を抱きかかえてなにも言わずに背中をさすってくれた。
「どうしたんですかクレアさん。呆っとして」
「っ・・・ううん。なんでもないの。それよりレオンは若そうなのに隊長補佐ってすごいわね」
「いやいや~オレなんてまだまだですよ。隊長の足元にも及ばない。こないだもほら、手こんなんにしちゃったし。はぁー本当は今頃隊長と一緒に加勢に向かってるはずだったのに」
レオンはすっかり肩を落としてしまっている。声をかけようとすると前から数名の男性がこちらに向かって歩いて来た。全員近衛隊の制服を着用している。堂々とした威厳のある立ち振る舞いに思わず委縮してしまう。隣にいたレオンの表情が急に厳しくなっているのに気がついた。
「これはこれは近衛隊隊長補佐官殿。久しぶりだな」
「ユーネスト副隊長・・・。お久しぶりです」
「君もジェラルダ王子と一緒に西に向かったと思ったのに。フフフ、まぁその傷ではどのみち足手まといか」
「オレなんかいなくともジェラルダ隊長はお強いですから」
「相変わらず減らず口の多い奴だな。あの時私に付かなかったことを後悔してももう遅いぞ」
「そうですか。肝に銘じておきます」
「だが懇願するならいつでも歓迎するよ。おっと今日は君に用があったのではない」
副隊長?って近衛隊のことよね。どうみてもジェラルダ様より年上だけど・・・。それに今ジェラルダ様のこと王子って呼んだような。王子と呼ばれることをとても嫌がっていたのに。
視線に気づき顔を上げると、副隊長さんが私を見ていた。
「クレア・レミーユとは貴方のことかな?」
「はい。私ですが・・・なにか」
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はブリオッシュ国王陛下の実弟、ユーネスト・グレミオンです」
「国王陛下の!?こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ありません。クレア・レミーユと申します」
「そう固くならないでいい。私も遠征続きでまともに城にいなかったものでね。ようやく落ち着けてあなたとお話ができそうだ」
先程までのレオンに対する態度とは一変し穏やかな口調で話し始めた。紳士的な物腰はやはり王家の血筋だろうか。でもジェラルダ様はあまりそういった感じを好まなそうだけど・・・。
それに最初にグレイマンさんと挨拶に回った時ユーネスト様の名前は上がらなかった。ローリオ王子からも話はでていない。
「色々聞きたいことがあったのですよ。そう、貴方の左目についてとかね」
一瞬、微笑みが落ちたよに思えた。背筋に寒気が走る。
「今からお時間よろしいですか?」
糸目の瞳が薄っすらと開いている。奥に眠る鋭い眼光がまるで私の右目に突き刺さったようだった。
ブリオッシュ国王陛下の実弟なのだから、私のことを知っているのは当然のこと。なのに知られていることに恐怖を覚えた。
灰色の空からぽつぽつと大粒の雨が落ちてきた。地面の色を徐々に濃くしながら音を立てている。
「あ、雨?いけないわ。私馬を見にかなくちゃ」
「馬?馬なら私の部下に言っておきますよ」
「でもあの子は怪我をしていて・・・」
「そうだ早く行きましょうクレア様!」
とっさにレオンが私の手を掴み走り出した。背中に感じる視線を振り切り廊下を走る。
良かった。あの人とこれ以上あまり話したくなかった。なんだか怖い感じがする。ジェラルダ様とはまた別の恐怖を感じさせる・・・。雨が強くなりだす中で小屋へと急いだ。
□□□
小屋までやってくると、まずは雨に濡れないところへ馬を連れて行った。
水たまりが大きくなり、辺りの土がぬかるんできている。馬の傷口の処置をすると昨日よりだいぶ良さそうだった。
「来るのが遅れてごめんなさい。でも傷口も良くなってるわ。そうだ、レオンこの馬の名前わかる?」
「えっ馬の名前ですか?さぁ?別に名前を付けたりしませんから」
「そうなの?だったらまだ名前はないのかしら・・・困ったわ。どうやって呼べばいいのかしら」
「その馬が気に入ったなら適当につけちゃえばいいじゃないですか」
「そうね。でも私なんかが付けていいかしら・・・ん?なに?」
「あっいえ、なんでも」
レオンの反応に首をかしげると目を泳がせた。
「なんか意外だなって。隊長ってこういう人がタイプだったんだ」




