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【第三章】『第三十一話』閨中遊びで囁く甘美な世迷言

「舐めろ」


 その言葉にジェラルダ様を見上げた。ぽたりと首を伝って汗が床に落ちていく。聞き間違いだと思いたかった。


「聞こえなかったのか?舐めろ・・・。リグルにもそうしたんだろう?リグルにできて俺にできないわけないよな」


 ジェラルダ様の手が伸びて来ると私の左目にある眼帯を外した。ひらりと落ちた眼帯は足湯の中に沈んでいった。真直ぐに向けられた視線が恐い。顔を背けようとすると顎を掴まれた。

 私はこの左目で誰かを見ることが恐い。いや、見ることじゃなくて見られることだ・・・。


「上手にできたら、あの馬をくれてやるよ」


 立ち込める蒸気のせいで思考がのぼせそうになる。それとも左目をさらされた羞恥から逃れたい一心だろうか。そのどちらでもなく優しく頭をなでていくジェラルダ様の手にそれが嘘ではないと勘違いしそうになるからだろうか。


「痛みが・・・あるんですか?」

「んぁ?あぁ痛くて痛くて立ち上がることもできねぇほど痛いな」


 自己満足な偽善ではないと頭の中でくり返して正気を保ったふりをした。あの馬を守りたいという気持ちに嘘はない。ここでやらなければ殺されてしまう・・・。


 ウロボロスの呪いがジェラルダ様の脚をゆっくりと動き始めた。ブリオッシュ国王陛下もリグル王子もこのウロボロスが這うと呻き声を出していた。そうとうな痛みが伴うのだろうと思っていたけど。ジェラルダ様は先ほどと顔色をかえないままだった。


「汝、左目に宿いし龍よ。私に力を分けたまえ・・・」


 口を開きかけたとき、震えていることに気がついた。もう一度ぎゅっと唇に力を入れる。

 バランスを保ちながら膝立ちをし倒れないように状態を寄せていく。届く距離まで顔を近づけたところで舌を出した。


「んっ…」


 烙印のように残るウロボロスの呪いに舌を当てるとぬるりとしたお湯の感触に舌が滑る。痣に沿って舌を這わせていく。上から落ちてくる刺すような視線を感じながら行為を繰り返した。湿度と汗のせいで、前髪が顔に張り付いているのが煩わしい。舌を這わせる度ピチャピチャと音が響き聴覚が麻痺しているようだった。

 リグル王子のときと同様に焦げたような苦味が口内に広がる一方で、お湯に溶けているアロエの香りが微かな清涼感を持たせた。これで痛みは和らいでいるはず。

 でもどして?身体が今までとなにか、なにかが違う気がする。全身が紅潮していくのがわかる。先ほどのメイドたちの光景が脳裏を霞めた。私は今あの人たちと同じ・・・。


「はぁ……はぁ…んうぅ…」

「良い光景だな。俺の足元に跪く魔女の姿も悪くない・・・」


 ジェラルダ様の指先が服に触れた。一つ目のボタンが外され、二つ目、三つ目と続いた。昼間つけられた赤い痕がくっきりと肌に残っている。それを見ると満足気に口角を上げた。


「もうこれくらいでよろしいでしょうか・・・ジェラルダ様」


 ジェラルダ様は突然立ち上がると私の腕を力いっぱい掴んだ。そして荒々しく引っ張ると近くにあった寝台に放り込まれた。身体の上にジェラルダ様が覆いかぶさってくる。白いシーツにぽたぽたと雫が垂れていく。胸の奥がドクドクと激しく鼓動を鳴らす一方でスプリンクは落ち着き静かになっていく。


「やっ・・・やめて」


 情けない声が零れた。もう一度、やめてと願うと唇をふさがれた。口内にねじ込まれた異物感に身体が拒否反応を見せるが、それに構うことなく奥へと入り込んでくる。乱れていた服は破り取られ下着姿の身体が露わになった。胸のふくらみには昼間つけられた赤い痕が濃く鬱血している。押し迫っていくる恐怖。抵抗などただの演出で愉しませるだけだった。縛られ布が身体に喰い込んでいく。苦痛に歪む私の顔に高揚しているようにすら見えた。


「本当はローリオに抱かれたかったんだろう?でもあいつは辞めておいたほうがいいぜ。少しばかり優しくされたくらいで勘違いしてるみたいだから教えといてやるよ。ローリオがお前に優しくするのはお前が呪いを解く唯一の魔女だからだよ。呪いを解ける可能性があるから手放したくないだけだ。わかるだろう?ククク。お前は大人しく俺たちの言うことを聞いて置けばいいんだよ」


 覆いかぶさるジェラルダ様の目は私なんか見ていなくて、その内に籠る鬱憤を今晴らせればなんだっていいのだろう。自らの身体にナイフを突き立てるのと同じ。その場をしのぐためなら・・・。なんだっていい。ジェラルダ様の手が無遠慮に身体に這っていく。


 私はあのとき、処刑された方が良かったのかもしれない。そうすればこんな恐怖も苦しみも抱かなくて済んだ。私はこれからなんのために生きていくの。一生ここで道具として使われるくらいならいっそ、いっそ・・・。


 ギュッと目を瞑ると真暗な世界にアルミスの笑顔が横切った。闇の中を走って行くアルミスの後姿を追いかけたい。手招きで私を呼んでいる。


―――あぁ、帰りたい。

   家族が待つ家に。


「わかってます。ローリオ王子もあなたも呪いから解放されただけだということ・・・。私も黒魔術から解放されたいとずっと思ってきましたから。例え私が『死の魔女』に関係していたとしても・・・。私はクレアという一人の魔女です。私は私でしかない。だから、あなたが今ここで私に乱暴すのなら私はここで舌を切って死にますっ。そうしなければ私が、私でなくなるからっ」

「・・・」


 静まり返る部屋の中でジェラルダ様は私を数秒見下ろした。濡れた唇を噛み締めると血が滲んできた。口の中に鉄の味がする間もずっと睨みつけていた。

 すると大きな身体が私の上からゆっくりと退いた。背後を向かせると拘束していた両手が開放された。


「あっ!」

「興が削がれた」

「・・・えと、うああっ!」


 ふぅ、とろうそくの灯を消すと、そのまま抱きかかえられるようにベッドに沈み込んだ。


「寝る」

「あのっちょっと!私は部屋に戻ります」

「うるさい。明日にしろ。命令だ」

「こんな状況じゃ寝れませんっ!離してください」

「いいから寝ろ。寝れなきゃ黙ってろ」


 腕の中に抱きしめられると布をまとっていない部分の素肌が触れ合った。ジェラルダ様はもう目を閉じて眠る体制にはいっている。わけがわからない。いつも、いつもこの人はそうだ。こちらのペースをかきみだすだけかきみだしておいて。


「もうなんなの・・・」

「お前が自らの意思で死を選ぶことは許されねぇんだよ・・・」

「ジェラルダ様?」

「お前の命は王家にある。わかったな」


 まるで小言のように途切れ途切れに紡がれた言葉。

 つい先ほどまで獣のように爛々としていたのに今は静かに眠りに就こうとしている。背中に回された手と絡みついてくる足。どうやら逃げられそうもない。部屋に入ってくる細い月明りがジェラルダ様の身体を照らしていた。艶やかな肌に引き締まった筋肉は私を簡単に包み込んでいる。

 聞こえてくる鼓動の音はさっきよりは落ち着いているけど、今夜はきっと寝られそうにない・・・。

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