【第三章】『第三十話』その手枷は呪いで掛けられる
グレミオン家の城はブリオッシュ国王陛下が在中する本館を中心に東西にそれぞれ別館が建てられている。本館に私の部屋もあり書庫は三階に小屋は箱庭を出て南側にあるためこの本館以外出入りすることはほとんどない。リグル王子の部屋も渡り廊下を挟んで本館側にある。
西館にはローリオ王子の部屋があり、東館にはジェラルダ様の部屋があるとグレイマンさんに教えてもらった。
夕食を食べ終わり私は東館へ来ていた。東館には門番が立つだけで中はあまり人の出入りがない。廊下もろうそくの灯りが薄っすらとついているだけで心許ない印象を受けた。昼間のこともあり一人でここへ来ることを躊躇したけど。でもジェラルダ王子がその気なら私にだって考えがある・・・。そうだ『王子』ではなく『様』呼びをしないとあの方はさらに乱暴になるんだったわ。
『お前にわかるか。俺たち王家が今までどれだけ苦しんで生きてきたか』
ジェラルダ様からかいま見えた轟々と燃え滾るような怒り。その身に刻まれている呪いへの憎悪が今にも飛び出してきそうだった。ある種の脅迫めいた衝動的な言動。あれは呪いからくるものなのだろうか・・・。
ジェラルダ様の部屋の前にやって来た。薄暗い廊下にぼんやりと部屋の明かりが滲んでいる。中からは人の気配も感じ少し安心した。
一呼吸置きドアを叩いた。メイドがわずかにドアを開け私の顔を確認すると中へ入るように促した。
「クレア様ですね。どうぞ中へ」
「失礼します」
部屋に入るとメイドは静かにドアを閉めた。
とても広い部屋だった。当たり前だけど私が使っている部屋も遥かに広い。そこに四部屋ほど付け足した、いやそれ以上にだった。リグル王子の部屋にも一度行ったけれどそれ以上に広そう。
壁には何丁もの銃や剣が飾られている。その横にはたくさんの勲章もあった。私が唖然と立ち尽くしている、メイドがこちらですと奥の部屋のドアをあけた。あの部屋の奥にジェラルダ様がいる。気を引き締めて隣の部屋へ足を踏み込んだ。
「なんだ随分と早かったな。余程俺に会いたかったと見える」
「なっ!?そうではありません!昼間のことがあったから来ただけです」
「昼間?」
ジェラルダ様はズボンを膝までまくり足湯をしていた。白いシャツのボタンは全て外され、その下にある筋肉のついた身体が見えている。両脇に座っている若いメイド二人が、その脚にお湯をかけながら丁寧に洗っている。正直、目のやり場に困ってしまった。目線をそらすと水音に交じりジェラルダ様の笑う声が聞こえてきた。
「昼間の馬の件です」
「あぁ、そうだったな。あの馬ならお前にくれてやる」
「本当ですか?」
いともあっさり告げられた。それならここに来る必要はなかったのでは?昼間は代価がどうといっていたのに・・・。面倒くさくなったとか?
「お前らはもういい。下がれ」
「かしこまりました」
ジェラルダ様の言葉にメイドたちはその濡れた脚に唇を添えた。角度を変える度に皮膚が触れ合う音が漏れてくる。湿った衣類が曲線に沿って張り付き彼女たちを妖艶に見えた。執拗に官能的な愛撫に見えるその行為。強要されているものではなく自らが望んでしているように見えた。静かに立ち上がるとこちらに一礼し部屋から出ていこうとする。
「あっちょっと待っ」
「こっちに来い。次はお前の番だ」
パタリと閉められたドア。二人きりにさせられた空間に緊張が走る。ふとももに肘をつけ頬杖をする形で私を呼ぶジェラルダ様の姿。
挑発的に嘲笑し私の反応を愉しんでいた。どうして私がそんなことを、と思うとそれを察したかのようにジェラルダ様は続けた。
「あの馬が欲しいんだろう?」
ドアの鍵は掛かっていない。もしなにかあればすぐに逃げれる。廊下にだって執事の人がいた。息を吸い込むと、湯気が胸の中に入り熱さが増した。
先程メイドがいた場所まで近づくと、足湯の中には草花の薬草が入っていた。この香りはアロエ?もしかして・・・。シャツの下に見える上半身は傷ひとつないのに両足には無数の傷があることに気がついた。そして傷に混ざり痣が点在している。これはウロボロスの呪いだ。でもどうしてこんなに傷が・・・。
「脚が痛むんですか?」
「んぁ?」
「これはウロボロスの呪いですよね。ブリオッシュ国王陛下やリグル王子の手にあったものと同じです・・・。この薬草では熱を冷ますだけで痛みを和らげるにはあまり適していません。他の薬草を取って来るので待っていて下さい」
すぐに背を向けたことに後悔した。ジェラルダ様は私の後ろ手を組むと近くにあった布で手首から肘までを縛りあげた。慌てて抵抗する頃にはもう遅かった。背中に密着する形で縛り上げられた肘は動かす度に関節に痛みが走った。
「なにをっ…痛っ・・・」
「上手いだろう。拷問のときによく使うものだ。あんまり動かねぇ方がいいぜ。動けば動くほど喰い込んでいくからな。まぁ痛いのが好きなら止めねぇけどな」
「私はただ薬草を取ってこようとしただけです」
「効かねぇよンなもん。全部試した。この世にあるもの全てだ。だが痛みが消えることおろか治まりもしねぇ。この傷がなんだかわかるか?」
ジェラルダ様は私をその場に跪かせた。ジェラルダ様の脚から薬草で粘度を持ったお湯がぽたりと音を立てて落ちた。その角ばった指はウロボロスの痣の付近にある傷跡を差していた。剣のような鋭い傷跡のように見える。
「戦闘で受けたもんじゃねぇ。俺が俺自身でつけた傷だ」
「自分自身で・・・?」
「俺の脚に這いまわるウロボロスが気色悪くてな。餓鬼の頃はナイフでよく刺していた。そっちの方が痛かったからな。そこから流れる血を見てウロボロスも一緒に流れていくと思った。・・・だから痛みも我慢できた。俺の身体に我が物顔で居座るコイツを必ず追い出してやるそう決意した。だから俺はありとあらゆる武術を身に付けた。幸か不幸かグレミオン家の第二王子は武術を受け継ぐ決まりがあったからな。だが、俺が成長するにつれてウロボロスも成長していきやがる。もうナイフで刺したところでこの痛みは治まることはない」
ウロボロスの呪いはふくらはぎからふとももにかけ伸びている。その付近に無数に残る切り傷の痕。これら全てを自分の手でつけたなんて。以前リグル王子が指を切り落としたいと言ったことがあった。それほどの痛みだと理解したつもりだったけど。でもジェラルダ様はそれを実践していたというの?それも一度だけじゃない・・・。何度も、何度も・・・。
籠った蒸気のせいで身体が汗ばんでいく。震え出しそうな身体に力を入れ気丈に見せた。すると、それを見ていたジェラルダ様が喉元でクククと音を鳴らして笑った。
「舐めろ」
冷徹に吐き捨てられた言葉に耳を疑った。




