【第三章】『第二十八話』獣は安寧の地を望まない
緑が生い茂る中にひっそりと隠れるように小屋はある。部屋の中は人の出入りがないため、ひんやりとしていて秋の空気を閉じ込めていた。その空間に緊張がほどけ肩の力が抜けた。近衛兵の帰還に城内は落ち着きがなかったせいかもしれない。バタバタと駆け回る人や賑やかな声がどこか遠く感じた。
祝砲が空へ高々と打ち上げられるのを見ていると『さすがジェラルダ様』『我が国は無敵だ!』『隊長が変わってから負けなしとは恐れ入る』とジェラルダ王子の功績を讃えていた。
ジェラルダ王子に対して憎まれ口を叩いていたリグル王子でさえ賛辞を送っているのだからそこにおいてはすごい人なんだろうけど・・・。
朝見た夢のせいか素直に喜べない。それにあの人は私の唇に無理矢理・・・。私のこともただの道具としてしか思ってない。もしこのまま呪いを解く方法が見つからなけらば国王陛下の命が下る前に私はジェラルダ王子に殺されてしまうかもしれない。あの人ならそれをやりかねない。そういった狂気性を隠すことなく見せつけている。早く呪いを解く方法を見つけないと・・・。
『お前のその唾液がウロボロスの痛みを抑える作用があるんだよ。気付いてたんだろう』
今まで傷口に触れ唾液を介すことで使い魔を呼び出し黒魔術を使うことができた。リグル王子がウロボロスの呪いで痛みを訴えたときも、それで鎮めることができた。ローリオ王子が私の涙を口にしたこともその確認をしたかったから。もしかしたら・・・。でもだししたら私はどうすればいいの。どうすれば・・・。受け入れがたい現実に顔を両手で覆った。
ガタンッと小屋の外から物音が聞こえた。近衛兵の出迎えでこの辺りには人はいないはずなのに。
外に出てもやっぱり人の気配はなかった。小屋の入り口で影が動いたようだった。もしかしてヴェルサさんかグレイマンさんかしら?でもいつもなら声をかけてくれるのに・・・。ドアを閉め辺りを見渡すと草を踏みしめる僅かな音が聞こえた気がした。
「誰かいるの?」
するとそこにいたのは迷い馬だった。波打つ黒色の毛並みは手入れされているとみえて、とても品のいい馬だった。手綱もついてる?それに背中にはグレミオン家の紋章付きの騎座も。迷い馬は警戒した目で私を見定めるようにジッと見つめている。
「どうしたのこんなところで。迷ってしまったの?」
一歩二歩と近づくと馬は同じように後ろへ引き私から離れて行く。
馬は人一倍警戒心が強い。昔、父が教えてくれた。まだ存命だった頃に父用の馬を飼っていた。どこへ出かけるときもいつも愛馬と一緒だった。まだアルミスが生まれる前、私はその馬たちの世話をよくしていた。楽しくて父と乗馬に出かけたりもした。だけど父と同じように飼い主を失った馬は帰ってくることはなかった。
「大丈夫よ、私はあなたの敵じゃないわ」
真直ぐに目を見つめながら近づいていく。徐々に距離をつめていき、ようやく馬に触れることができた。温かさを感じながら艶やかな毛並みをそっとなでてた。懐かしい気分にさせてくれる。後ろ脚をみると傷を負っているのが見えた。
「怪我をしているの?すぐに手当をしないと」
薬草を取りに馬から離れようとするとなぜか急に怯えだした。その場で足踏みを繰り返している。そして頭を左右に振りか細く嘶くと私の後ろに隠れようとする。どうしたのかしら・・・。
「なんだこんなところにいやがったか」
その声に私の身体も強張った。振り返るとジェラルダ王子の姿があった。
「ジェラルダ王子・・・」
「んぁ?」
赤い髪が爽秋の風に吹かれている。居心地の良かった空間が一気に心地悪さに変わっていく。ジェラルダ王子は眉間に深々とシワを寄せた。睨みをきかせながらズカズカとこちらへ向かってくる。その勢いと威圧感に負け後ろへ下がると小屋の壁面に背中があたりすぐに逃げ場がなくなった。
「前にも言ったはずだ。俺はその呼ばれ方が嫌いだと」
ジェラルダ王子はポケットに入れていた左手を出した。その手を突然上げたので反射的に目を閉じていた。ダンッと音を立てた。恐る恐る目を開くとまるで獣のような目が私を見下ろしていた。背中にある壁面に手をつきながら、開いた手で顎を掴まれた。背けていた顔を無理矢理に前へ向けさせられた。
「ジェラルダ様だ。・・・今度間違えたら仕置きをする。いいな」
耳に触れた唇が動くと身体が震えあがる。低く響いた声が脳内に直接囁かれているようで背筋に冷たいものが走る。その刺激から逃れたくて力いっぱい身体を押し離そうとするけどビクともしない。私の反応を愉しむようにジェラルダ様の湿った唇が耳から首筋へと這っていく。
「やっやめてっ・・・くださ……んっ」
するりと肩口に指先がかかると胸のふくらみが出るほど服をずらされていく。慌てて抵抗しようとするも両手を掴まれてしまった。ジェラルダ様の唇が胸に近づいて来る。胸元にふぅと息がかかると身体が震えた。だめ・・・このままじゃまた・・・。




