【第三章】『第二十七話』碧空に放たれた祝砲
鈍く光る鉛色の銃口がこちらに向けられている。
口角を上げながら引き金を引いた。放たれた弾丸は闇夜も切り裂くような勢いだった。
血だらけになっていくお母さんに私はすぐにかけ寄った。
「お母さん!」
何度も呼んでもぐったりとしていて起きてくれない。外の異変を心配し部屋の中からおばあちゃんとアルミスが出てきた。
「お姉ちゃん・・・?」
「だめアルミス!!出て来てはいけないわ」
「お姉ちゃんどうしたの?なにかあったの?」
リボルバーの引き金を引く。幼いアルミスの身体と弾丸が撃ち込まれた。白いシャツに赤褐色のシミが広がっていくとお母さんの上にアルミスの身体が横たわる。
―――その光景は地獄そのもの。
「いやあぁぁ!!!」
「クレア様!?どうかなさいましたか!?」
「っ!?」
目が回るような幾何学模様の天井が飛び込んで来た。隣にはヴェルサさんが心配そうに私を見つめている。乱れた息に身体中にまとわりつく汗。口が渇ききっていた。
「夢・・・?」
「魘されておりましたが」
「すみません。なにか飲み物をいただいてもよろしいでしょうか」
「はい。お持ち致します」
ここへ来てもう何度目だろう。この夢を見るのは・・・。どうしてもあの光景が脳裏から離れない。お母さんは無事だとローリオ王子が教えてくれたけれど。私のせいでお母さんはあんなことに・・・。
ローリオ王子もリグル王子とも距離を縮められそうだけど、非道なジェラルダ王子とは上手くいくとは思えない。
身体を起こすと汗をかいたせいか肌寒く感じた。季節が変わろうとしているなんて、最近目まぐるしく変わる日常のせいで時間の感覚が薄れている。
外は綺麗な秋晴れが続いていた。音楽祭も終わり一安心したけれど、置かれている状況は変わりはない。なんとかして呪いを解く手がかりを掴まないと。ブリオッシュ国王陛下のご容態もあまり良くないと聞くけど。
でも、黒魔法書や魔術履歴書を読んでみても呪いを解く方法はなにも記されていない。あの魔法書はこの国で書かれたものでまだ内容が新しい。そもそも呪いに関しては解くことが前提とされていない。だからそこにまつわる記述がないのは不思議ではないけど・・・。
私の中に存在する使い魔や黒魔術のことも全くわからずじまい。
「はぁ」
またため息が零れた。その時、視線を感じた。顔を上げると暖炉の上に置いてある黒猫の置物と目が合った。あれ?あの猫の置物・・・確かテーブルの上に置かなかったかしら。どうして・・・。もしかしてヴェルサさんが戻したのかしら。
コンコンッ
「クレア様お水をお持ち致しました」
「ありがとうございます」
「どうぞ」
「あの・・・あそこにある猫の置物、移動させたのはヴェルサさんですか?」
「猫の置物?いいえ。私は触っておりませんが」
「・・・そうですか」
「猫の置物がどうかされましたか?」
「いえ、なんでもありません」
□□□
「どうした。浮かない顔をしているな」
音楽会の翌日からリグル王子はいつも通り練習を始めていた。少しくらい休んでも良いと思うけど、弾かない方が落ち着かないらしい。
演奏に耳を傾けていたらピタリと音が止まった。
「そんなことないですよ。でも少し疲れているかもしれません」
「眠れていないのか?必要な物があればなんでも用意させるぞ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
「ならいいけど」
再びリグル王子がピアノに向かうと、外からパンパンと乾いた空砲の音が何度か聞こえた。
そして遠くの街からわずかに歓声が聞こえてくる。廊下からもなにやらメイドや執事が慌てているのが伺えた。
「なにかあったんでしょうか」
「ジェラルダが帰ってきたんだろう」
「ジェラルダ王子?どこかに行っていたんですか?」
「西の内戦地域の視察だよ」
「えっ王子自らがですか?」
「ジェラルダは近衛隊隊長だからな。それだけでもないが・・・。あいつは昔から喧嘩や戦闘が大好きな性分なんだよ。とにかくやばんで礼儀がなってない。全く僕には理解できなよ。あんな奴が兄貴だなんて。ローリオお兄様を見てどうしてあぁなるんだ」
「あの前から気になってたんですがリグル王子はジェラルダ王子と・・・その、あまり仲がよろしくないのですか?」
「当たり前だ!いつも僕を子供扱いして。少し年上なだけで偉そうに。おまけに女にもだらしがない!しょっちゅう違う女と歩いていて景観が損なわれる。・・・まぁ理解できない兄ではあるが今あるこの国の治安はアイツなしでは得られないらしいからな。その辺りは弁えている。グレイマンが言うんだからそうなんだろう」
「グレイマンさんが?」
「グレイマンはなにをやらせても優秀な男だ。そのグレイマンが言うんだ」
リグル王子がここまで褒めるなんてグレイマンさんってすごい方なのかな。いつも不愛想で厳しそうだからあまり話したこともないけど。
リグル王子は向かっていたピアノに背を向け、管楽器が入ったケースを開け始めた。真黒な革張りのケースから黄金で塗装された楽器見えた。とても神々しいその光はきっと音色もさぞ綺麗そうだった。
「悪いが今日の練習はなしだ。ジェラルダがタイミング悪く帰ってきてしまったからな」
「はい。わかりました。ジェラルダ王子のお迎えですか?」
「ジェラルダじゃない。帰還した近衛兵たちへの祝砲だよ。毎回やるんだ。この国のために戦ってくれているのだからな。じゃ行ってくる」
トランペットを取り出すと部屋を出て行った。
私も今日は書庫での調べものは止めて、薬草の様子でも見に外へ出よう。ここのところこもりっきりだったから。




