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【第二章】『第二十五話』その花は荒野に咲く

 薬草を煮詰めていた鍋の蓋がコトコトと踊り始めた。蓋を開けると渋みのある香りが湯気と共に部屋に広がっていく。なんだか懐かしい香りだった。鍋棒でグルグルとかき混ぜていくと粘度が濃くなった液体は少し重くなっている。


「もう少しかかりそうね」


 エプロンで軽く手を拭き、棚にある種の瓶を持って畑へむかった。こないだならしておいた畑にこの種を植えてみよう。

 外に出ると北からの風が吹いていた。落ち葉がカラカラと踊りながら足元を横切っていく。顔に掛かる髪の毛を耳にかけていると視界の縁に人影が入った。


「リグル王子?」

「・・・」

「どうしたんですか。・・・?呼んで頂ければこちらから伺いますよ」


 辺りには誰もいない。どうやら一人で来たらしい。リグル王子は目を伏せたままなにも話さず、その表情にはまだ影が残っていた。声をかけようかと思ったけれど今はそういう気分でもないかもしれない。

 音楽祭は明日と迫っていた。メイドや執事が中止になるのではと心配していたけれど、結局詳細は分からないまま今日まできた。グレイマンさんもいつも以上にピリついた空気感を漂わせていた。


「・・・こないだ植えた種はどうなった」

「とても元気に育っていますよ。丁度水やりの時間なんです。よろしければ見て行ってください」


 小さな畑にはい数日前に植えた種が芽を出し始めていた。リグル王子は畑の前に屈むと丸い目を更に丸くさせた。その表情をみるとまだどことなく幼さが伺えた。こんなこと思ったら失礼かもしれないけど・・・でも年相応のその表情に安心する。


「もうこんなに芽を出しているのか、すごいな。驚いた。これも魔女の術なのか?」

「えっ?ふふふ違いますよ。自然の力です」

「自然の・・・?大したものだな。こんな短時間でここまで成長するとは。ん?その手に持っているのはなんだ」

「これは今日蒔こうと思っている種です。先日この隣の土をならしておいたので」

「僕がやる」

「えっでも・・・手が」

「かまわない。それにもうピアノは・・・。いいからやらせろ」


 ならした土に軽く穴をあけ、前回よりも少し大きめの種をリグル王子は一粒ずつビンの中から取り出した。優しく土をかぶせながらとんとんと軽く叩く。何も言わずにただ土や種の感触を指先で触れていった。風にのって微かに金木犀の香りが漂っている。

 種を蒔きながら、芽が出る頃のことを思い浮かべた。芽を出し、花が咲き、実をつける。それは薬草として役に立つ。自然の流れが私たちの生活の手助けになることに改めてありがたさを覚える。

昔おばあちゃんが言っていたことを思い出していた


「その目の怪我・・・僕のせいなんだろう」

「えっ?」

「僕を助けようとしてそうなったとローリオお兄様から聞いた」


 いつもより低く小さな声に思わずその横顔を見つめた。リグル王子は手元を動かし作業を続けている。畑の隣にある大きなクスノキが北風に揺られカサカサと葉が擦れ合い音を立てた。


「違います。この目はリグル王子のせいではありません!私が私の意思で招いたことです。だからリグル王子がお気を病む必要はありませんっ」

「クレア・・・」

「それに・・・それに私はこの目が嫌いでした。どうしてこんな力を持って生まれてしまったのか。今もわからないままです。だから少しでもお役に立てることがあれば私はその為に力を使いたいのです」


 土のついたリグル王子の指先には、未だに薄い痣が残っている。ゆっくりと顔を上げ私の顔を見た。まだ包帯を巻いている左目を見ているようだった。傷のわりに痛みはない。視力も失ってはいなかった。切り裂かれ龍が出てきた際に負った傷口だけがまだ残っている。

 リグル王子が土のついた手で私の右頬に触れようとしたが一瞬眉間にシワをよせそれを躊躇った。そして脱力した手が土へと帰っていく。


「怖くないのか。僕のことが・・・。僕はこの手が憎い。呪いが憎い。憎くて恐ろしい。呪いが消えるのならいっそ切り落としてしまいたい。でもそんなことでこの呪いは消えはしないだろう」


 グッと土を掴み拳を作るリグル王子の手は震えていた。外が少しずつ寒さを増してきているせいかその身体をより小さくみせた。今まで幾度となく呪いの恐怖に耐えてきたのだと考えると胸が苦しくなる。誰にも言えないまま理解してもらえない孤独やいつ呪いに呑み込まれるかもしれない恐怖・・・それらと戦ってこられたんだ。

 気づけばその強張る小さな拳に両手を添えていた。


「怖くないですよ。・・・覚えていますか?リグル王子も私の左目を見たとき言って下さいました。『恐くはない』と」

「そんなこと・・・覚えていない」

「はい。『他者と違うことを恐いとは思はない』あの言葉に私は救われました。リグル王子の指先から奏でられるピアノの演奏はとても素晴らしいです。決して失ってはいけません」

「ピアノなんてお父様にいわれたからしているだけだ・・・。グレミオン王家の三男は強制的に音楽を叩きこまれる。僕は幼い頃からピアノを始め、ありとあらゆる楽器を演奏しなければならなかった。そうすることで『死の魔女』の呪いを鎮めるのだと。でもそんなのただの気休めでしかない。今まで魔曲に呑み込まれて死んでいった第三王子もいたんだ。僕だっていつ魔曲に呑み込まれるか・・・。もしピアノを辞めていいと言われれば僕はとっくに辞めている」

「・・・そうでしょうか。私にはリグル王子はピアノがお好きなようにみえました」

「そんなことあるものか!勝手なことを言うなっ」

「でも音楽は平等だと教えて下さったのはリグル王子です。私は初めてリグル王子の演奏を聞いたとき不安な思いを払拭してくれました。私だけではありません。リグル王子が演奏することで呪いで暗く淀んでいる城内の空気が晴れていくんです。その力は魔曲になんか絶対に屈しません。呪いなどに負けません」


 リグル王子は目を丸くした。冷たい北風は火照った私の身体を優しく包み込んでいく。


「フッなんでお前がそこまで必死になるんだよ」

「だってそれは・・・それはまたリグル王子の演奏が聞きたいから」


 それは時間がかかるかもしれない。だけど、荒れていた土だったこの畑にも新しい命が芽吹くように、リグル王子が埋めた種が育ちそれが呪いを解く力をなるように。時間がかかっても私は待ちたいと思った。


「お前は・・・クレアは僕の音楽が好きか?」

「はい。大好きです。いつかまた聞きかせて下さい。そのときはリグル王子が好きな曲を演奏して欲しいです」

「僕の好きな曲?」

「はい。リグル王子が好きな曲を私は聞きたいです」

「僕の好きな曲・・・。そんなの考えたことなかった。いつも鎮魂に捧げる曲ばかりで決まった演目してこなかったから」


 探してみる、と小さく零すとリグル王子は止めていた手元を再び動かし始めた。気のせいかもしれない。けれど前髪で顔は隠れてしまっているけその口角は少しだけ上がっているように見えた。


 ここに来てから私は気づかされることが多い。自分の不幸をいつも左目のせいにしていたけど本当はそうではないのかもしれない。この目を持った自分が不幸だと思う心に闇は広がっていたのかもしれない。


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