【第二章】『第二十四話』ないものねだり
その子は元気で過ごしているだろうか。
あの時、誰よりも早く一番に追いかけて『ごめんね』と声をかけることができていたら
なにか違っていたんだろうか・・・。
私はあの時からなにか変われているのかな。
「ねぇクレアちゃん、どうしていつも左目を隠しているの?」
「私は左目が見えないの・・・。小さい頃に熱を出して見えなくなっちゃったってお母さんが言っていたわ」
「えーそうなの?可哀想!困ったことがあったらなんでも私に言ってね。お手伝いするから」
学校で始めてできた友達はとても明るくてそばかすがトレードマークの優しい女の子だった。人に話しかけることが苦手な私はその子に出会うまで友達と呼べる子はいなかった。
初めて左目について質問してきたのもその子だった。私の左目が見えないと知るとまるで自分のことのように心配してくれた。それから移動教室や放課後もその子と一緒に過ごすようになった。階段を下りるときや障害物があるとその子は私に丁寧に教えてくれた。左目を隠しながら生活してきた私にとってはそれらは支障ではなかったけれど私のためを思っての行為が素直に嬉しかったし感謝もしていた。
いつしかその子は私の一番の友達になった。
「ねぇクレア、私たち親友よね」
「しんゆう?」
「一番仲の良い友達ってことよ。親友はなんでも話し合うのよ。隠しごともしないの」
一年、二年と経つにすれてその子のそばかすが濃くなっていくのを不思議に思っていた。ぷつぷつと出てきた赤いニキビを気にしながら『クレアの肌は綺麗でうらやましい』と口をすぼめながらよく零していた。私はそれ以上にその子の左目が羨ましかった。
ある日クラスの男の子で好きな人がいることを告げられた。自分のことみたいにドキドキした。好きな人の話をするその子はとても嬉しそうで本当に可愛かった。私にもいつかそういう人ができるかもしれないと、話を聞きながら同じように胸をときめかせた。告白をしたいと相談された。もちろん応援した。その子が大好きな人とより近くなれるならきっと幸せなことだから。私が力になれることがあったらなんでも言ってね、そういう伝えた。
「だったらクレアが言ってきて。私が好きなこと伝えてよ」
「えっでも・・・そういうのは自分で言った方がいいんじゃないのかな。そっちの方が相手もきっと喜ぶと思う」
「でももしダメだったら私恥ずかしい。恥ずかしくて明日から学校に来れないよ!ねぇお願いクレア!ダメだったら、ウソでしたって帰ってきてくれればいいから、ね?私たち親友でしょう」
親友という言葉に私は簡単に頷いた。初めてできた友達。いつも私のためにそばにいてくれる。だから私もその気持ちに応えたかった。
夕暮れの中でその子が好きな言っている彼を待っていた。少し離れたところにその子はいる。
校舎から出てくると都合のいいことに一人だった。話したことはほとんどない。ただ一度だけ席が近くなったことがあってその時に数回話した程度だった。彼はどちらかというとクラスでも中心的な存在でいつも周りには誰かがいる。だからその日、クラスでも目立たない私が呼び止めると少し驚いた様子を見せた。辺りをきょろきょろと見渡しながらいつもの調子のいい話し方とは違い落ち着いた返事をした。
「あっあのね・・・」
その子が好きだということを伝えると、すぐに苦い顔を見せた。その表情に胸が痛くなった。
「普通そう言うのってさ自分で言うもんじゃねー?なんでクレアが言いにくるの。オレ、アイツにのこと好きじゃないし。話したことも全くない。というか他に好きな子いるから正直迷惑なんだよ」
「迷惑・・・?」
その子があんなに好きだと言っていた気持ちが迷惑・・・?乱雑に吐き捨てられた言葉に理解が追いつかなかった。夕暮れが辺りを包み込むと二つの影法師が長く伸びている。ひょろひょろに長く伸びた影を見ながら受け入れられない思いをどうすればいいのか考えた。
その子にどう伝えればいんだろう。
「迷惑なんて言い方・・・ひどいよ。とってもとってもいい子なの。優しくて頼りになって」
「用ってそんなけ?だったらオレ帰るよ」
「あっ待って!・・・ウソだよ。今の全部ウソ」
言われた通りにした。けれど私の言葉に彼はもっと怪訝そうな顔を見せた。
なにか言っていいるようだったけど、その子のことばかり気になりなにも聞こえなかった。身体の中が急に熱くなって、耳の中をぼぉっと低音が響いていた。気がつけば彼は走ってどこかへ行ってしまった。
近くにいると言ってたはずのその子を探したけどいなかった。もしかして聞こえていたのかもしれない。
次の日教室に行くと昨日とは違う空気感に満ちていた。私を一瞥すると関わりたくないと言った様子でクラスメイトたちは視線を落とす。窓際の席で本を読んでいるその子にいつものように声をかけた。
「おはよう」
「・・・」
「昨日のことなんだけど」
「・・・」
「あのね」
「・・・」
返事がない。まるで私の存在だけ切り抜かれてしまったような感じがした。
パタンと乾いた音を立てて本を閉じた。そこにいたのは昨日までのことまるで別人の子だった。黒い影が落ちる顔に私の顔もこわばっていくのがわかる。なるべくいつものようにと言い聞かせたのに、何も言葉がでてこない。私は普段どうやって話していたっけ。なにを話して、笑ったりしていたんだっけ・・・。全てがわからなくなった。
「ウソつき」
「えっ?」
「目が見えないってウソなんでしょう?リリーから聞いたの。リリーの妹あんたの弟と同じ幼稚舎に通ってるから。そしたらアンタの弟はこう言ったみたいよ。お姉ちゃんは眼帯してるだけで目は見えてるって。私バカみたいじゃない。今までアンタのこと助けてたのに・・・」
「それは・・・うそじゃ」
「じゃぁアンタの弟がウソついてるってこと!?」
「違う。アルミスはウソをつくような子じゃないわ」
「だったらやっぱりアンタがウソついてたってことじゃない!」
「待ってよ。お願いだから怒らないで。これにはわけが」
「言い訳なんてしないで!!嘘じゃないっていうなら今すぐここでその眼帯を取りなさいよ」
「っ・・・」
「さぁ!早く!!」
クラスメイトが異様な空気を感じこちらを見ている。今ここで眼帯を取るの?そんなことしたら・・・そんなことしたら。
「ほら、やっぱりできないじゃない。ウソを真に受けてたなんてバカみたい・・・。おまけに彼はアンタが好きだってさ。そばかすまみれの私には興味がないって!!どうせそのことも知ってたんでしょう!?知ってて協力するフリをして・・・ウソつき魔女!!」
顔を真っ赤にさせて泣きながら教室を出て行った。クラスメイトの何人かが後を追っていくけど私にはそれができなかった。
ウソをついたのは事実・・・。左目は見えていると言えるタイミングはあった。ううん。今だって見えていないって突き通せばなんとかなったかもしれない。
全部、中途半端な自分のせい。それがこの結果を招き傷つけたことに変わりはない。
それでも私はそばかすまみれでもいいし、彼に好かれなくていいからこの左目を持ちたくはなかった・・・。




