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【第二章】『第二十三話』王家は鎖に繋がれる


「音楽祭はおそらく中止だろう・・・」


 どうして、という言葉が喉元まで出かかりすぐに呑み込んだ。魔曲により倒れていく人々と豹変したリグル王子。あの場にいた人も音楽祭に招かれている。いくら箝口令(かんこうれい)が敷かれていてもリグル王子の演奏に恐怖を抱く人もいるはず。それに呪いの存在を隠している王家にとってはなおさら・・・。再びあのような事態になってしまったら。

 でもリグル王子が毎日音楽祭に向けて練習する姿を思い出すと身につまされる思いだった。


「そういった顔をされると私としても心苦しいな」

「すみません・・・」

「音楽祭には他国の王や上級貴族を招いている。できることならこちら側も中止にはしたくないのも事実だ。中止とは言ったが演目を変更して開催できないか協議中だ」

「それでは、リグル王子は」

「ただ今のリグルに演奏ができるかだ・・・リグルが魔曲を弾いたのは今回で二度目だ。どんなタイミングかはわからない。それこそ気まぐれにリグルの演奏に悪魔が入り込み魔曲を奏でるんだ。一度目の騒動の後リグルはピアノを見ることすら怖がっていた」

「あんなことが起こったら誰だってそうなりますよね。幼いリグル王子であればなおさら」

「それでも国王陛下はリグルにピアノを弾くように命じた。それがグレミオン王家の第三王子として生まれた者の定だから」

「さだめ?それはどういう意味でしょうか」


 ローリオ王子は少しだけ立ち止まるとまた進みだした。

 広い廊下には初代王の自画像が飾られたいた。そこに飾られた王たちの姿は威厳と貴賓を兼ね備え堂々とした佇まいをしている。


「グレミオン家の第三王子として生まれた者は『死の魔女』へ捧げるレクイエムを演奏する義務がある。

『死の魔女』の怒りを鎮めるためのレクイエム演奏しなければならない。正式な式典での演奏を放棄した場合、呪い殺される呪縛がかけられている・・・」

「それはリグル王子は音楽祭で演奏しなければ呪い殺さるということですか?そんな・・・ひどい」

「以前その義務を放棄した王子がいた。その王子は数日後、突然火のない場所で人体着火しそのまま亡くなったそうだ。課せられているのはリグルだけじゃない。形は違えどジェラルダも私も同じだ・・・義務を怠ればただちに呪い殺される。だからリグルはピアノを弾き続けなければならない。自分自身が生き抜くためにも」


 それ以上聞くことができなかった。できなくなったというよりは恐くなった、と言った方が正しいかもしれない。

 王子たちが呪縛を抱えて生きているなんて。

 角を曲がる途中でローリオ王子はまた足を止めた。四角い窓の外には木々に囲まれたあの教会が見えていた。水色の空の中で太陽にあたる十字架。その長閑な景色は、先日の惨劇などなかったように感じさせる。


「ここからでも教会が見えるんですね」

「あぁ。当時あの教会を建てた王の命令でね。自分の死後も『死の魔女』を忘れずに毎月祈りを捧げるようにと生前言っていたそうだ・・・。当時『死の魔女』の呪いを受けて生き残った王家は王となった第三王子とまだ赤子だった第一王子の子息のたった二人だけだ」

「二人だけ・・・」

「あれ以来、毎月欠かすことなく祈り続けてきた。けれど百年たった今も『死の魔女』の怒りは鎮まることがない・・・」


 ローリオ王子の視線は教会ではなくもっと遠くを見ているようだった。


「教会の近くにブルーベルがたくさん咲いていました」

「ん?あの青い花かい?あの花も王の命令だったんだよ。なんだか変わった人だろう・・・『死の魔女』の呪いを鎮めるのに花なんて」

「ブルーベルは『変わらぬ心』を意味しているんです。魔女の間ではブルーベルの花畑には妖精が住まうとされています。小さな幸せを運んできてくれるとも。きっとその王様は心から『死の魔女』の鎮魂を願ってたのではないでしょうか」


 呪いはその憎しみや怒りが強ければ強いほど解くのが困難だとされている。『死の魔女』は王家に並々ならない憎悪を抱いている。当時の王は知っていたのかもしれない。憎悪の根源を・・・。


「あっ・・・すっすみません!軽率な発言をしてしまって」

「構わないよ。私もそうであったらいいなと思う。ベルナンデス王は優しい方だと聞いているから」

「・・・ベルナンデス?」

「さっき話した当時の王だよ・・・彼が」


 その名前、どこかで・・・。


ガシャンッ


「離れろ!!」

「キャァァァ!!」

「お、おやめくださいリグル王子!!」

「うるさいっ」


 突然、食器が割れる音に大きな声が聞こえてきた。


「リグルの部屋の方からだ」

「まっまさかまたリグル王子の身になにか」


 慌てて走り出すローリオ王子の後を追い部屋の方へ向かう。すると部屋の前にメイドと執事が数人集まっていた。


「おっおやめくだっキャッ」

「あっちに行け!!僕に近づくな!!」

「リグル様落ち着いてください。どうなさったというのですか」

「なにかあったのか!?」

「ローリオ様。そっそれがリグル様が突然狂乱されて」


ガッシャン


 青ざめながら立ち尽くすメイドたちの中にメルサさんの姿もあった。部屋の中を覗くと物があちこちに散乱していた。手あたり次第に物を投げつけたのかようだった。割れた食器にその上に乗っていたであろうパンやフルーツ。花瓶から零れた水が絨毯を濡らし花が踏みつけられている。

 パジャマ姿で叫ぶリグル王子。そのとき、手に光るものに気がついた。果物ナイフを強く握りしめている。


「リグル王子っ」

「なっなにをしているんだリグル!」

「ッ・・・ローリオお兄様」

「おやめくださいリグル様!!その手に持っているものをさぁ、こちらへ」

「ちっ近づくなと言っている!!」

「どうしたんだリグル落ち着きなさい」


 慎重に中へ一歩二歩と入っていくローリオ王子。発狂するリグル王子を宥めようとしていた。


「もういやだ!こんな呪いに操られるくらいならいっそこんな手、こんな手いらないっ!呪い殺される前に今ここで切り落としてやるっ」

「リグルッ!!」

「やめてリグル王子!!」

「キャァァア!!」


 ナイフが高く突き上げられた。振り下ろすと同時に走り出すローリオ王子。間に合わない、そう思ったときだった。廊下のから勢いよくなにかが前方と通り過ぎていく。一瞬に通り過ぎていたものがなんなのかわからないほどそれは早かった。


「相変わらずお前は生意気なわりに臆病者だな。リグル」


 リグル王子が振り下ろしたナイフにはなぜかリンゴか刺さっている。その光景に驚いたのはリグル王子だけではない。なぜリンゴが?さっき真横を横切ったのはリンゴだったとようやく気がついた。

余裕めいた声の主にリグル王子はグッと眉間にシワを寄せた。


「ジェラルダ・・・」

「おいおい。お兄様に向かって呼び捨てはねぇだろう。こうしてカワイイ弟の見舞いに来てやってんだぜ。お怪我の具合はどうですか?リグルお坊ちゃま」

「っ・・・余計なお世話だ!帰れ!!」

「ギャーギャー騒ぎやがって大袈裟なんだよ。呪いが発動するたびに小便たれながらビビってたらきりがねぇぞ」

「ジェラルダに僕の気持ちがわかってたまるか」

「そうだな。俺にはビビり坊ちゃんの気持ちはわからねぇな」

「なっなにを」

「その辺にしておけ、ジェラルダ。リグルもいい加減落ち着くんだ」


 ジェラルダ王子はナイフに刺さったリンゴを見てニヤニヤ笑みを浮かべている。それがリグル王子を挑発すると知っていてやっているようだった。ジェラルダ王子のおかげで間一髪で助かったことは事実だけれど・・・。

 隣にいたローリオ王子はリグル王子の姿に安堵した様子だった。ようやく部屋に散乱した物をメイドや執事が手を付けれるようになった。


「とっととピアノのお稽古始めねぇとまた昨日みたなことになるぜ。音楽会はもうすぐなんだからな」


 ジェラルダ王子はニッと口角を上げながらそのままどこかへ行ってしまった。

 再び静まり返る部屋。ローリオ王子はリグル王子が握っていたリンゴが刺さったままのナイフを手に取った。だらんと力なく降りる腕。その表情には暗い影が落ちたままだった。


「・・・僕は音楽祭に出ない」

「リグル。音楽祭までまだ時間がある。ゆっくり考えればいい」


 リグル王子はそれ以上答えようとしない。

 部屋から出ていくリグル王子と目が合うと、少し驚いた様子で目を見開きそのまま横を通り過ぎてしまった。声をかけるにもどうやって声を掛ければいいのかわからない。せっかく近づけたと思ったのにまた簡単に距離が開いてしまった。ローリオ王子が何度か飛び留めながらリグル王子の後を追って行った。

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