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【第二章】『第二十二話』滅びへ向かう百年




 ピアノの音色が聞こえてくる。そこは木漏れ日が差す穏やで静かな場所。弾いているのはリグル王子?・・・違う。そこにいるのは誰?


『ベルナンデスの音楽はいつ聞いても素敵ね。温かくて心が休まるわ。ベルナンデスが弾くユンフェンスの段三楽章が好きよ』

『そう言ってもらえて僕はとても嬉しいです。あの、あなたのために曲を書いたのですがよかったら聞いてもらえませんか?』

『まぁ本当に!?とても嬉しいわ。ぜひ聞かせて』


 これは・・・夢?

 絵本の一ページを切り抜いたように優しさで満ち溢れている。とても愛おしい世界。痛みなんて存在しない陽だまりのような時間。その中心にあるピアノが一音一音静かに奏でられていく。


『素敵。私にはもったいないほどの曲だわ。やっぱりベルナンデスは優しいのね』

『いえ、僕はそんな・・・。それに兄さんたちに比べたら僕はまだまだ未熟者です』

『あら気づいてないの?あなたはのいいところはその優しさなのよ。相手を思いやり慈しむことができる。目に見えないものだからこそベルナンデスの優しさに触れると、これが本当の優しさなんだわって温かい気持ちになれる。こんな曲が作れるのもベルナンデスだからこそなのよ』

『・・・あなたも、あなたも優しい人だ』

『えっ私が?ふふふそうだとしたらベルナンデスのおかげね・・・あっシャルール王子だわ!少し待っていて』


 でもどこか悲しくて切ない。どうしてこんな気持ちになるんだろう。これは誰の感情?


□□□


「っ!?…ここは」

「よかった。目が覚めたようだね。傷の具合はどう?」

「・・・今のは」

「クレア?」

「ローリオ王子?私はどうして・・・」


 気がつくとローリオ王子が心配そうな表情でこちらを見ている。窓の外は明るく、廊下からも人の声が聞こえている。私は眠っていたの?確かリグル王子の・・・そうだ!


「リッリグル王子は!?リグル王子はご無事でしょうか!?痛っ・・・」

「落ち着いて。傷に障るよ。リグルは大丈夫。特に怪我もなく今は部屋で休んでいる。教会で倒れていた人たちもみんな無事だ。魔性にあてられてはいるようだけれど直に目を覚ます」

「・・・良かった」

「丸一日気を失っていたんだ。無理をしないで」

「一日・・・?」


 起き上がった拍子に左目に痛みが走った。手で触れてみるといつもの眼帯ではなく包帯が巻かれていた。左目はどうなっているんだろう。ちゃんと見えているの・・・?。頭の奥からずんずんと鈍く叩かれるような痛が繰り返していた。


「今回の一件については固く口止めしておいた。元々『死の魔女』の鎮魂祭に参列していた者たちだからその辺りは外部に漏れることはないだろう。リグルのことも君のことも・・・。使い魔のことなぜ黙っていたんだい」


 部屋の中に混沌とした沈黙が広がった。ローリオ王子の視線を感じながら顔を上げることができずにいた。

 以前、ローリオ王子に使い魔の話をされたとき、私は知らないと嘘をついた。

 シーツについているシワを辿りながらこの場に相応し答えを探した。自分でもよくわからないことを他者にどう説明したら信じてもらえるんだろうか。その術がわからない。言ったところで誰も信じてくれない・・・。


「言ったら信じてくれますか?自分でもわからない・・・そんな不確かな内容を信じてくれる人なんていないんです」


 きっとそれができるのが家族だった。なにも言わずに傍にいてくれて。言えないことを見守ってくれている。幼いアルミスさえも左目の理由を聞いたことは一度もない。言う言わないが問題ではなくて、どうあるかを受け入れてくれていた。離れて暮らしてそれを痛いほど感じた。


「それでも言ってもらわないと困る。君が召喚した大龍は間違いなく使い魔だ。使い魔を宿す者は悪魔と契約を交わした魔女意外考えられない。もしかするとそこにウロボロスの呪いを解く手がかりがあるかもしれないんだ」

「私は悪魔と契約なんかしていません・・・」

「だったらどうして使い魔が宿っている?あの使い魔はどこで手に入れた!?」

「本当にわからないんですっなにもわからない。あの龍は私が生まれたときからもう存在していた。どうしてこの身体に使い魔が宿っているのか…痛」

「すまない。攻めるような言い方をしてしまった」


 ローリオ王子は落胆した様子を見せると廊下にいる、メイドに紅茶とホットミルクを頼んでくれた。ふんわりと湯気がたつと茶葉の香りが部屋に広がりホットミルクも添えられすぐに運ばれてきた。手に持つと冷えていた指先がじんわりと温められていく。


「私たちには時間がない。『死の魔女』の呪いでは百年後王家が滅びるとされている。もうじきその百年目を迎える。今回のリグルの件も、もしかしたらなにかしら関係があるのかもしれない」

「・・・」

「・・・今、君は信じてくれるか、と聞いたね。私はクレアを信じるよ。百年もの間私たち王家は耐えることしかできなかった。それが占星術の予言通りに君が現れた。この呪いを解くとされた魔女だ・・・。君は王家が生き残るためのたった一つの希望なんだよ。だから君がわからないのなら本当にわからないと言うことなんだろう」

「ローリオ王子・・・」

「私も一度使い魔について調べてみるよ。わからないことがあって当然なんだよ。私たちですら自身がかけられた呪いについて全て把握できているわけじゃない。リグルとジェラルダもそれぞれ呪いの症状は異なっている。・・・だからクレア、君が一人で抱え込むこともないんだよ。私たちは互いに呪いに関わる者同士だ。国王陛下は私たちの呪いを解くように命じた。そのせいでここでの生活をしいてしまって本当に申し訳ないと思っている。だからこそ私もクレアの力になりたいんだ」


 目を細め優しく微笑みかけるローリオ王子。優しい言葉だった。硬くひび割れた土にじんわりと広がる水のように私の荒みかけた心を癒してくれる。溢れそうになった涙を必死で耐えた。

 ローリオ王子の透き通る瞳に見つめられると、まるでこちらが魔法にかけられたようにそらすことができない。すっと前髪に手がかかるり軽くすくいあげると左目を気にしているようだった。『痛くはない?』耳触りのいいやわらかな声に問いかけられる。

 この人が必要としているのは、魔女としての私の力であって私ではない。そんなのわかっている。わかりきっている。でもそれでも見えない引力で惹きつけられていく。

 気がつけばローリオ王子の頬に手をあてていた。少し驚いたように目を開くと私の手を拒むことなくその上に大きな手が重なった。


「ローリオ王子は?痛くはありませんか?」

「私は負傷していないからね。大丈夫だよ」

「いいえ。傷ではありません。なにか、とても辛そうに見えます・・・」


 自分がなにを言いかけたのか、なにが聞きたかったのかわからなくなった。突然言葉がぷつりと途絶えた。我に返りすぐにローリオ王子から手を離した。なっなにをしているの私は・・・。

 サイドテーブルに置いた紅茶とホットミルクはすでにぬるくなっているようだった。


「よろしければリグル王子のお見舞いに行きたいのですが面会は可能でしょうか?リグル王子も魔性にあてられていたとしたら傷はなくてもお身体が心配です」

「もちろんだよ。一緒に行こう。その方がリグルも喜ぶだろう」

「ありがとうございます」


 引き出しにしまって置いた薬草のビンを持ち部屋を後にした。

 廊下に出ると普段と変わりない日常が流れていた。途中でグレイマンさんに会うとローリオ王子がわけを話し外出の許可がすぐに下りた。グレイマンさんは後ろにいた私を一瞥した。その目はいつも以上に厳しくなっている。もしかしたら今回の件で更に警戒されているのかもしれない・・・。

 リグル王子の自室に向かっているとローリオ王子が私の持っている物に気が付いた。


「それは?」

「これはムムサダの薬草です。丁度、内服薬を調合したていたのでこれをお渡ししたくて。もうじき音楽祭もあるとおっしゃっていましたし」

「あぁ、そうか。音楽祭だったね」

「はい。とても大きな式典だと聞きました。リグル王子が演奏されるんですよね。楽しみではありますが今回のようなことがあって心を痛まれていないか心配です」

「残念だけどおそらく音楽祭は中止だろう」

「えっ・・・?」


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