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【第二章】『第二十一話』教会の錆びれた鐘の音


「グァァアアア!!!」


 背後から聞こえてきた呻くような叫び声に振り返った。血飛沫が弧を描くように斑点し真白な教会の床に音をたて飛び散った。ごろんと切り落とされたなにかの一部が長椅子の上に転がった。それが人の腕だと気づくのにそれほど時間はかからなかった。


「っ!?」


 ジェラルダ王子は剣に着いた血を一振り払うと向かってくる人たちを斬りきざんでいく。魔曲により操られているのだから正気ではない。けどその身体には痛みの感覚は残っている。その痛みにもがく参列者を気に留める様子は微塵もなかった。


「ひっ酷い……。なんてことを・・・ジェラルダ王子!この人たちはただ操られているだけなんです!やめてください」

「知ったことじゃねぇ。俺にはむかう奴はこうなるんだよ!そこをどけ!!」

「ここに集まった人たちは鎮魂を願って貴方たちが呼んだ人なんでしょう!?それなのにどうしてこんな

惨いことができるの!!」

「リグルの演奏を止めることが最優先事項だ。それができなければどのみちこいつらは死ぬ。しのごの言ってねぇでそこをどけっ!!」

「キャッ」


 跳ね飛ばされ拍子に背中を床に強く打ちつけた。鳴りやまないパイプオルガンの激しい音に混じる、切り裂かれた肉片の音と飛び散る血飛沫の音。次に聞こえてきたのは銃声だった。

  ずどん、と鈍い音と共に人の身体が投げ飛ばされてきた。地を這うように私に向かい真っ赤に染まった手を伸ばしてくる。声にならない声。その目はしっかりとこちらを捉えている。

 目を閉じて両手で耳をふさいだ。心の中で誰かに助けてと何度も何度も繰り返した。助けてっ。誰か助けて。お母さんっ。おばあちゃん・・・!

 震える身体を奮え立たせる力はどこにもなかった。


ゴーンッゴーンッ


 鳴り響く教会の鐘の音。それは村にも響いていたあの錆びれた鐘の音だった。ほんの一瞬、助けた女の子の顔がよぎると、十字架の下でパイプオルガンを演奏し続けるリグル王子の姿が視界に入った。ここからではその後ろ姿しかみることができない。その頭上で平和を願うマリア像が優しく微笑んでいる。


―――音楽は皆のためにある


 あのとき少し照れたような顔をみせたリグル王子の横顔。この悲惨な光景をどう思うだろうか。例えそれが呪いのせいであったとしても自分が奏でた音楽によって人が争うことをどう思うだろう。そこに抱く感情に無情になれるほどリグル王子は大人でもなければ惨忍でもない。


「お願い……力を貸して」


 震える足で立ち上がり左目の眼帯を取り払った。


「汝、左目に宿いし龍よ・・・その姿を現せっ!」


 言い切ると同時に左目に切り裂くような激痛が走った。おびただしい量の黒い靄が左目から溢れ出し巨大な龍へと姿を変えていく。裂けた左目から生暖かい血がどろどろと顔に流れていく。

 教会の天井を一周するとその鱗から金色の粒子が雪のように降り注いでいた。


―――黒魔術は悪魔と契約しなければ使えない。


 占星術師もローリオ王子もそう言っていた。その通り。だから不思議だった。悪魔と契約していないこの身体になぜ使い魔が住み着いているのか。

 私はずっと前から気づいていた。この醜い化け物が私の中にいることを・・・。

 水晶の中に現れた『死の魔女』を呑み込んだ黒煙の龍に見覚えがあった。


「なんだこいつは!?」

「こっこれは・・・まさかこれが使い魔か!?」

「使い魔だと!?だとするとあの女やっぱり」

「黒魔術は悪魔の力だ。自分の身体の一部を差し出すことで悪魔と契約することができる。そして契約成立と同時に体内にその悪魔を宿すとされている・・・。やはり彼女は『死の魔女』の蘇りか」


 黄金に輝く大龍は初めて見たはずなのに遥か昔から連れ添っているような懐かしさを抱かせた。それはとても不思議な感覚だった。使い魔は教会の天井を狭そうにぐるり一周すると私を見下ろした。

 そうだあの目だ。あの目は私の左側にあった。生まれたときからずっと・・・。


 その長く大きな身をくねらせるとまた雪のようにひらひらと金の鱗が数枚剥がれ落ちていく。その破片が正気を失っている人たちに降り注ぎ動きを止めた。そして負傷した人たちの傷口に金色の粒子が触れるとすぐに治っていく。それは奇跡というには余りにも不気味な光景だった。

 これで大丈夫・・・。あとはリグル王子―――


「っ!?」


 突然、身体が脱力した。立つことさえままならくなり近くにあった長椅子に手をかけた。すると大龍が一瞬にして姿を消した。重さを増していく疲労感に息が上がっていた。ぼたぼたと左目から流れていた血は止まっている。


「クレア!大丈夫かい?」

「リグル王子は・・・?」


 ローリオ王子に支えられなんとか立ち上がることができた。気がつけばパイプオルガンの音色が止まっている。壇上にはリグル王子が立っている。

 あれ・・・おかしい。いつもは見えている右目が霞んでしまってリグル王子の顔がよく見えない。


「邪魔をするなっ!!」

「リッリグル!やはりウロボロス呪いかっ・・・リグルを開放しろ」


 輪郭だけを捉えることができている右目。

 ローリオ王子がリグル王子に向かい走り出すとリグル王子は腰に据えていた護身用の短剣を抜く気配を感じた。リグル王子はローリオ王子の剣を交わしその背後にいたジェラルダ王子に向かい短剣を振り上げた。

 次第に右目の視界がようやく明瞭になり始めるた。そこには銃を構えるジェラルダ王子の姿が視界に飛び込んできた。以前の無情にお母さんを撃ったジェラルダ王子と今の姿が重なった。その引き金にしっかりと指がかけられている。


「殺すっ!みんなみんな呪い殺してやる!!」

「来いよウロボロス!!」

「待って!撃たないでっジェラルダ王子!!」


 銃口はリグル王子を捕らえている。身体が前のめりになりながらリグル王子とジェラルダ王子に向かい手を伸ばした。届かないっ。このままだと・・・。

 襲いかかるリグル王子。するとジェラルダ王子は向けていた銃口を天井へ向け発砲した。天井のステンドグラスが音を立てて割れると粉々になって地上へ落下してきた。空から降って来るガラスにリグル王子が気を取られた一瞬の隙にジェラルダ王子は腹部に拳を突き当てた。苦痛に歪みながらもリグル王子の表情は怒りに満ち溢れていた。


「ウゥッ!おのれっ許さんぞ……次は次こそはかなら……」


 動作がとぴたりと止まり、リグル王子はジェラルダ王子の腕へ倒れ込んだ。


「ッ・・・兄さ、・・・」


 リグル王子はそのまま気絶したのか起き上がる気配はなかった。ローリオ王子がかけよりリグル王子を抱え上げた。リグル王子の呼吸を確認すると肩を撫で下ろした。割れた天井から太陽の光が差し込んでいる。辺りで倒れていた人たちも徐々に意識を取り戻し始めたていた。


「よかった・・・」


 同時に私は意識を手放した。


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