【第二章】『第二十話』妖精の森に潜む呻き声
外からうめき声と助けを求める声に慌てて外へ出るとそこには負傷した神父を抱える兵士が姿があった。
兵士に事情を尋ねていたのはグレイマンさんだった。
「どうした、なにごとだ!!」
「グレイマン殿・・・近衛隊を呼んでください!急いで教会へ向かわれるようお願いします」
「教会だと!?今は鎮魂祭の真最中であろう」
「……あぁ呪いだ、あれは呪いだ。死の魔女の怒りは決して鎮まることがない。我々を許しはしないのだ」
青ざめた神父が唇を震わせている。グレイマンさんは近くにいたメイドたちに神父と兵士の手当を要求し近衛隊を呼びにその場から離れた。
神父様の言葉に嫌な予感がした。教会の方を見上げると先端にある十字架がここからでも見える。ブリオッシュ国王陛下が『死の魔女』鎮魂のために建てた教会。気がつけが教会に向かい走り出していた。
庭園を横切りると森林に囲まれた中にブルーベルが植えられた庭がひっそりと存在していた。辺り一帯がブルーベルの青い花に敷きつめられている。ブルーベルの周りにいは妖精が住むと言われている。これだけ緑が溢れている空間に小動物や虫の存在が一切しない。青に包まれる神秘的な雰囲気が漂うけれど今は不安を助長させた。
更に奥へ奥へと進むと教会の建物が見えてきた。その入り口に続く道に大勢の人が倒れている。
「だっ大丈夫ですか!?」
うつ伏せで倒れている婦人の身体を起こすと微かに顔を歪めた。よかった。息はある。目立った傷もなさそう。けれど婦人は四肢を脱力させ青ざめながらぐったりと目を閉じている。周りの倒れている人を見ても意識を失っている様子だった。青空が広がる穏やかな空に似つかわしくない光景だった。一体なにが起こったの・・・。
そのとき教会の入り口からなにやら演奏が聞こえてきた。いつものピアノの響きとは違う。これは・・・そうだ、昔教会に通っていたときに聞いたことがある。この音はパイプオルガン。だとすると弾いているのはリグル王子?でもなんだろう・・・。この息苦しい音色は。
重厚感のある音はその演奏をさらに重苦しくさせていく。しかし不調和音は楽器だけが持つ違和感ではないとすぐに気がついた。疼きだした左目と苦しくなる呼吸。教会に向かうにつれそれが増していった。その暗く淀んだ空気は教会の放たれたドアから漏れ出してきている。入り口付近には逃げようとした参列者たちが階段や手すりで力尽きている。
まるで出口の見えな常闇の洞窟への入り口に立たされているような恐怖に寒気がした。それでも、その中にリグル王子がいることは確かだった。
パイプオルガンの演奏は止ることなく、終盤にさしかかり更に大きく響いていた。
扉の向こう側を覗くと中の様子が薄っすらと見えてくる。周りの壁にはめ込まれたステンドグラスからは太陽の光が屈折し七色の光が教会に降り注いでいる。教壇に立てられたろうそくの明かりがゆらゆらと震えていて、長椅子に座っている人たちは外にいた人たちと同様に気を失っているのかその四肢をだらりとさせていた。
静止した空間で中央にある大きなパイプオルガンの前にいる人物だけが動いている。まるでそこだけが切り取られ別空間にいるようだった。鍵盤を叩くように強く押しつけ、髪を振り乱しながら足鍵盤を繰り返し踏み込んでいる。ときおり横にあるパイプを荒々しく動かしている姿は、まるでなにかに憑りつかれているようだった。
いつもは美しい演奏を奏でているのに悪魔が地に迷い込んだような輪舞曲だった。リグル王子を止めようと中に入ろうとした。
「待て!」
背後から呼び止められた。振り返るとたくさんの近衛兵を引き連れたローリオ王子とジェラルダ王子がいる。
「クレア!?どうして君がここにいる」
「なんだこの騒ぎは。お前がやったのか」
「ちっ違います!リグル王子が・・・」
「リグルがどうかしたのかい?」
「リグル王子が中で演奏されていて、なにか様子がいつもと違うみたいなんです」
「ったくまた駄々でもこねて―――」
突然、近衛兵の一人がなんの前触れもなく落馬した。どさり、どさりと次々と鈍い音を立てて倒れていく兵士たち。ジェラルダ王子が馬から下り駆け寄った。いつもの余裕を持った表情にわずかに緊張が走っていた。
「気を失ってる。・・・チッどうなってやがる」
「リグルが演奏しているんだ。・・・これはおそらく魔曲だ。呪いに抵抗を持たない者は魔力に当てられて気を失っているんだ」
「魔曲・・・?」
「また呪いかっクソッ」
「魔曲とはなんですか?どうしてこの人たちは倒れてしまっているのでしょうか」
「説明は後だ。早くリグルの演奏を止めなければ、みなこのまま目を覚まさなくなる。急ぐぞジェラルダ」
『魔曲』その言葉に二人の様子が一変した。私の質問にすら答える時間が惜しいといった様子ですぐさま教会へと足を踏み入れた。
私は恐怖から中に入るのを躊躇っていたのに二人は迷うわずに進んでいく。やっぱりこれはウロボロスの呪いの仕業なの?
「リグル!!演奏をやめるんだ!リグル!!」
「おい!聞いてンのかリグッ」
意を決して中へ飛び込むとパイプオルガンの音が脳内を揺さぶるほどにガンガンと響いてきた。重々しい空気が教会全体に漂っている。
長椅子に座っていた参列者たちがぬくりと一人また一人と立ち上がった。四肢は脱力させたままで、瞳孔が開き意識のないままふらふらとこちらにやってくる。
生気のない姿は意思がなくまるで操られているようだった。その内の一人は持っていたナイフを振りかざし、もう一人は腰に差していた剣を抜いた。先端がこちらに向けられている。逃げなくては刺される。けど身体が竦んでしまい動かない。振り下ろされたナイフに思わず目を閉じた。
カンッと割れるような音。目を開けるとローリオ王子の背中があった。ナイフを振り上げた男は腹部を強打され倒れ込んだ。
「ロッ……ローリオ王子」
「シュヴィアル卿まで・・・この様子だとやはり正気ではなさそうだな」
「これは、これは一体どういうことでしょうか?リグル王子はなぜ」
「魔曲のせいだよ。そのせいでみな憑りつかれるんだ。『死の魔女』の呪いによるものだ・・・」
「魔曲?でも私はなんとも・・・それにローリオ王子もジェラルダ王子だって」
「それは私たちが呪いに関係する者だからだよ。・・・以前にも一度だけあった。リグルが初めて演奏会を開いたときだ。今と同じようにリグルの演奏により正気を失った者たちが乱闘を始めた。あの時はまだリグルも幼かったし国王陛下がなんとか止めたが・・・。今は私たちが止めるしかない。君はここから逃げろ。後は私たちでなんとかするっ」
「そっそんなことできませんっ!どうやったらリグル王子を止めることができるんですか!?」
「それがわかったらこんな乱暴な真似はしてないさ。ハッ!」
「キャッ!!」
「いいから、君は逃げるんだ…クッ・・・」
「もしこれが呪いのせいなら私も協力し―――」
「グアァァァアア!!」
背後から聞こえてきた呻くような叫び声に思わず振り返った。弧を描くように斑点が浮遊すると真白な教会の床に音をたてて血が飛び散った。ごろんと切り落とされたなにかの一部が長椅子の上に転がった。それが人の腕だと気づくのにそれほど時間はかからなかった。




