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【第一章】『第二話』暗闇に太陽は昇る


 外へ出ると強い太陽の日差しに目が眩んだ。森の高い場所にある木々の葉が風で吹く度に騒めいている。


「あっお姉ちゃん!!」

「アルミス。もう学校から帰って来ていたの?今日はずいぶんと早いかったのね」

「うんっ。もうじきカーニバルだからその準備があるんだ!ボク出掛けてくるっ」

「夕飯までには戻ってくるのよ!」

「うんっわかってるよ」


 弟のアルミスが駆け足で帰ってきたかと思うと、身体を大きく上下させカバンを窓から投げ入れた。相変わらず落ち着きがないんだから。急いだ様子で庭にある井戸で喉を潤している。その周りにはひらひらと黄色い蝶々が舞っていた。

 私にとってアルミスの存在は救いだった。無邪気に笑い一日を謳歌しながら生きている。暗い生活にそそぐ太陽のような存在。この醜い左目を持って生まれたのが私だけで本当に良かった。


「あっアルミス待って!肘のところすりむいてるわよ」

「えーどこ?あっ本当だ。でもこれくらいどうってことないよ」

「でも血が滲んでるわ。ここで待っていて薬草を取ってくるから」

「そんな時間ないよっ!カーニバルで披露する劇の練習をするんだ」

「いいから。待ってなさい」


 台所ではおばあちゃんが黒釜に掛けた大きな鍋で薬草を煮出していた。パチパチと木が爆ぜ火の粉が舞っている。草や木の実などを煮だした独特の酸味を持った渋い匂いは長年かけてこの木製の家に染みついている。

 戸棚にはおばあちゃん特製の薬草ビンが並べてある。その中からすり傷に効く薬草漬けを一枚取り出した。アルミスは待ちきれない様子でその場で足踏みをしていた。


「ほら、傷口を見せて」

「うわっ!ボクそれキライ。だって臭いんだもん」

「いいから、ほら」


 滲んだ傷口に当てるとアルミスは顔を歪めたが『平気』と言いながら唇を固く結んだ。


「うんうん。良い処置の仕方だね。自然の力を借り自己免疫を高める。これぞ白魔術の原則」

「でもすぐにな治らないじゃないか。魔女なら一発で直してよ」

「そんなものないよ。全くアルミスはなんのために学校へ行ってるんだい。魔女はね神様じゃないんだ。自然の力を借りて、人がより良い生活を送れるように手助けをするんだよ。わかるかい?」

「だって学校で習ったんだ!くろまじゅつってのなら傷も一瞬でなかったことにして人の命も蘇らせることができるスッゲー魔術があるって」

「アルミ…」

「よさいないかアルミスッ!」


 おばあちゃんがアルミスの言葉を止めた。穏やかだった外の空気が突然冷たくなる。辺りをひらひらと舞っていた蝶たちも森の奥深くへ帰っていった。


「そんなものに頼ったら人は破滅さ。それに黒魔術は禁術だよ。使うことは許されない。死罪に値するんだ。まぁ今の時代に黒魔術を使える魔女なんていやしないけどね」

「ちぇーつまんねぇの。じゃボク行ってくる」

「気をつけてね。夕方までには帰るのよ」


 アルミスったら黒魔術の話をするなんて見ていてこっちが気が気じゃないわ。

 黒魔術の話をするとお母さんもおばあちゃんもとても機嫌が悪くなる。ううん。二人だけじゃない。村の大人たちはみんな忌み嫌っている。あの戦争で魔女狩りの発端となったのが黒魔術使いの魔女のせいらしいから過敏になるのも無理はないけど。

 黒魔術に関する文献は全て消され情報は残っていない。たしか悪魔と契約すると黒魔術を使うことができるらしと学校で少しだけ教わったけど。悪魔と契約なんて考えただけでも恐ろしい。


「私もそろそろ行ってくるわね」

「あぁ。よろしく頼んだよ」


 魔女の黒い装束を羽織りフードを被ると霧が晴れかけた道を村に向かい歩いた。湿った腐葉土の香りが強く立ち込めている。森を抜けると村の名物でもある葡萄が実をつけている。アーチ型に伸びたツルをくぐっていく。もうしばらく歩くとやっと村が見えてきた。そのさらに向こう側には大きなお城が見える。この国の王家が住まう立派な城がここからでもよく見えた。

 舗装された道に出ると賑やかな村の気配が漂ってきた。アルミスがもうじきカーニバルだと嬉しそうに話していたからそのせいかもしれない。人が増えていき眼帯をしている左目を隠すためフードを更に深くかぶった。

 大通りを突き進むとこの村一番の商店がある。その脇にある小道へと足早に入っていく。細くゆるやかな坂を上るといきつけの薬草屋の赤い看板が見えてきた。

 買い物を済ませ店を出ると高々にラッパの音が聞こえた。路肩で話し込んでいた婦人たちや店番をしていた店主、家に引きこもっていた住人たちまでもが慌てて外に出て来た。



「なにかあるのかしら?」

「みんなっローリオ様がみえるよ!急いで急いで!」

「ローリオ様が南国からご帰還だ」

「ローリオ様?・・・うわっ」


 あっという間に大勢の村人がやってくる。肩と肩がぶつかりながら道の方へ人波ができ押し潰さるかたちとなった。人混みに流される形で大通りへと身体が動いて行く。

 そのとき馬の嘶きが聞こえ観衆の声が一段と沸き上がった。村人たちは目を輝かせながら大通りを見つめている。それは期待と希望に満ちた表情だった。一体なにが起こるの?村人たちの熱意に混ざり私も大通りを見つめた。


「「ローリオ様!!」」

「わぁぁ!ローリオ王子!!」

「ローリオ様!!」


 ローリオ王子ってまさかあの第一王子の?白馬にまたがりやって来た人物に私も思わず息を呑んだ。王家の貴賓をまとい、凛としたたたずまいと端正な顔立ち。滲み出る強さや頼もしさが漲っている。初めてみる王家の方の姿はとても神々しく言葉を失うほどだった。村人たちの歓声の中心にローリオ王子はいた。でもその沸き上がる歓声全てがローリオ王子に向けられても足りないくらいその存在感は強烈だった。

 この方が国を継いでいくのね。なんて素敵な人なのだろう。周りと同じように魅入っているとローリオ王子がこちらに視線を落としたように見えた。

―――えっ私を見てる?


「キャァ!!私今ローリオ様と目が合ったわ!!」

「違うわよ!ローリオ様は私を見て下さったの」


 ・・・まさか勘違いよね。私ったら恥ずかしい。滅多に村に出ないからこういうことに慣れていないんだわ。

 一行が城へ向かう背中を追いかける村人たち。女性たちは感嘆の声を漏らしている。余程人気の王子なのね。確かに素敵なお方だった。今日村に出てきて良かったかもしれないわ。

 村人と同じように余韻に浸りながら来た道を下っていくとアルミスと同い年くらいの子供が早さを競いながら駆け上って来る。路肩で木箱に座りパイプをふかした老人は陽が沈むのを待っているようだった。中央の噴水まで下りて来ると羽を休めている鳥がのどを潤している。住んでいる森の方を見ると、高い木の先端がほんのりと色づきだしているのに気がついた。


「ギャァアアアー!!!」


なにかが破壊される物音と振動。同時に耳をつんざくような女性の叫び声が静寂をきりさいた。

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