【第二章】『第十八話』真昼の喝采は温かさを持つ
ゴーンゴーン
作業に没頭していると古い柱時計が低くい鐘の音を鳴らしながら時刻を告げた。
「もうこんな時間!早くリグル王子のところへ行かないと遅れてしまう」
読み途中の本にしおりを挟み急いで部屋を出た。
あの日以来、リグル王子のピアノの練習に付き合うように言われ毎日行くようになった。練習は正午からと決まっている。
グレイマンさんに教えて貰った書物庫で本を読んでいたら時間がギリギリになってしまった。リグル王子は時間に厳しいから急いでいかないとまた機嫌をそこねてしまうわ。
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書物庫から練習部屋までは遠くはない。足早に向かいようやくフロアに辿り着いた。良かった、間に合いそう。歩いているとあることに気がついた。時間は決められてはいるけどリグル王子は先に来て練習を始めている。いつもはこの辺りまでピアノの演奏が聞こえてくるのに今日はまだ聞こえてこない。
もしかして私が着くのを待っているのかしら。まさかまたウロボロスの呪いが?不安がよぎり足を速く動かした。
すると微かにピアノではない音が耳に入ってきた。この音はなにかしら・・・?
「失礼します。リグル王子?」
いつもはピアノの前にいるリグル王子が今日は部屋の中央に立っていた。そこから聞こえてきたのは、弦と弦が織りなすのびやかで繊細な音色。その美しい響きが優美な空間を作り上げていた。手元が小刻みに動く度に色を持った音たちが踊り出しているよう。リグル王子の演奏には人を惹きつけ癒す不思議な力がある。
「ん?なんだ来てたのか。遅いぞ。練習は正午からだと言ってあっただろう」
「すみません。本を読んでいたらつい・・・。今日はピアノではないんですね。綺麗な音色」
「これはヴァイオリンと言う。良い音だろう」
「すごい。色々な楽器を演奏できるんですね」
「フッ当たり前だ。僕は幼い頃からありとあらゆる音楽を学んできたんだ。この世にある楽器は全て演奏できる。まぁその中でも僕はピアノの音色が一番好きだ」
「全てですか?ふふ、すごいですね。でも確かにリグル王子のピアノは皆が聞き入ってしまうくらい素敵です」
「もちろん。そうだ、クレアはなにか使える楽器はあるか?」
「私はなにもできません。ずっと森に住んでいましたから。楽器のような高価な物触れたことすらありません」
「なんだ・・・。つまらないな。せっかくセッションでもと思ったのに」
「セッセッションなんてとんでもっとんでもないですっ。私なんかがリグル王子と一緒に演奏だなんて!!リッリグル王子のご迷惑になってしまいます」
「そんなことはない。音楽は僕一人だけのものではない。ほら、こっちに来い」
リグル王子の言葉で中央に招かれると手に持っていたヴァイオリンと弓を私の方に向けた。みるからに高そうなヴァイオリン。きっと高価な物に違いない。受け取ることすら躊躇していると。ほら、と更に私の方へ近づけ強めに催促している。
恐る恐る差し出されたヴァイオリンと弓を手に持った。初めて持ったヴァイオリンは思っていたよりも重みがあった。光沢がある木目調は手に馴染むような肌触りだった。
「音楽はみんなのためにあるんだ。僕が美しい演奏をする。それを聞いてくれる人がいなければつまらないだろう。音楽の前では人は誰もが平等だ。王子と言う身分も呪いと言う呪縛からも開放される」
「みんなのため・・・」
「まぁこれは音楽の先生から教わったことだ。音楽は人を豊かにすることができる。そうすればもしかしたら呪いだって・・・。あ、話がそれてしまったな。ヴァイオリンは肩と顎でバランスよく支えるんだ」
「はいっ。えっと、こうでしょうか」
「あっ違う!脇をしめないと不格好だぞ。そうじゃない。首と並行に構える感じだ」
「はっはい」
「違う。右手はこっちに、あーもう」
リグル王子は私の後ろに回ると左手と右手をそっと掴んだ。
「もっと力を抜け。重心は少し左よりだ」
私とそれほど変わらない背丈だと思っていたけれど、少しだけリグル王子の方が高かったことに今気がついた。重ねられた手は指が長くて細く、手の甲は私の手を包み込めるほど広かった。耳元で囁くリグル王子の声が近すぎて力を抜けと言われ逆に力が入ってしまう。
ゆっくりと弓を引くとギギィィと音が出た。つい先ほどまでリグル王子が演奏していたものと同じ楽器とは思えないほどヒドイ音だった。
「首で挟みすぎだ。置く感じでいい。そこからもう一度弓を引くんだ。こうやって」
そのとき一音だけ綺麗な音が響いた。
「すごい!弾けた!!私初めてヴァイオリンを弾きました」
「ふっははは。今ので弾いたっていうのか」
「でも私が鳴らしたんですよ!すごい!あんなに綺麗な音がでるなて。ありがとうございますリグル王子」
振り返りお礼を述べると、距離が近かったことを思い出した。リグル王子と目が合いその距離の近さに困惑した。
「すっすみません!」
リグル王子はすぐに背を向け、なにも言わずにピアノの方へ向かっていく。
どうしよう・・・。距離が近くて驚いてしまった。不快に思われていないだろうか。リグル王子が離れてから身体が熱くなっているのに気がついた。
いつもようにピアノの演奏が始まったので静かに隅にある椅子に腰を下ろした。今日は昨日と違う初めて聞く曲だった。とても綺麗で優しい音色。どこか懐かしさを抱いた。




