【第二章】『第十七話』哀れなロバは暗がりを好む
グレイマンさんは相変わらず厳しい表情を崩さず、私に念を押し再度忠告した。
「あのグレイマンさん。ひとつ聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「この小屋は一体なんのための」
「以前この城に仕えていた魔女に宛がっていた部屋です。少々埃が被っておりますがまだ使える物も多いかと。他に必要な物があれば用意いたします」
正式だった内容だけ私に告げるとグレイマンさんは小屋から出ていった。
「ふぅ」
とても厳しそうな方。話していて息がつまりそうになるわ。それに多言するだなんて。城から出ることすら許されていないんだから心配する必要もないのに。よっぽど信用されていないのかしら。
今まで家にひきこもっていたから魔女への偏見ってそれほど感じたことはなかったけど。
一人になった部屋を見渡した。雨戸をしめている部屋は光を遮断していた。暗い部屋を見渡していると
昨夜のことを思い出しそうになった。心に隙ができると蘇って来る。ジェラルダ様の一方的な行為。思い出したくない。
窓を見つけ開けようとすると、長年開けられていないのか固くなっていた。窓の脇にはクモの巣が出来ている。やっと窓を開けると目に見えるほどの大きな埃が舞った。
「ゴホンゴホンッ・・・すっごい埃。でもいい天気ね」
窓枠には突然の日光に蜘蛛が驚き駆け足で逃げていこうとする。外の風が湿った部屋に入ってくる。
とにかく今は王子の呪いを解く方法を一刻も早く見つけなきゃ。そうよ。そうすれば家にだって帰してもらえるかもしれない。
まずは痛みをやわらげるために薬草漬けを作ろう。たしか裏に庭があったわ。荒れていたけど、ちゃんと土をたがやせばなにか育つかもしれない。
「でもまずは掃除からね」
掃き掃除をしていると棚の中に乾燥した薬草ビンが置いてあった。どれも劣化している。いつ作ったものなのかしら。さっきグレイマンさんが前に城で雇っていた魔女の部屋とは言っていたけど。こんな古い薬草戦前のものじゃないかしら。今じゃこの薬草は使わないわ。部屋の掃除を一通りしませ裏庭の畑の作業へ取り掛かった。
たがやしていくとしっとりと柔らかな土がでてきた。見た目は荒れた様子だったが土壌の状態はよさそうだった。たがやした土に触れるとひんやりとした感触と香りがとても懐かしく感じた。これからの時期だとなにがいいかしら。机の上にいくつか種が置いてあったけど・・・。そうだ!確かローズマリーの種もあったはず。あれなら私でも簡単にできそう。
種を取り戻ってくると入り口の方で人の気配がした。またグレイマンさんかしら?
「こんなところにいたのか」
「リグル王子!どうされたんですか」
そこにいたリグル王子の姿に驚いた。慌てて土を払っていると、リグル王子は訝しそうな顔を見せた。
「こんなところでなにをしている」
「グレイマンさんにここを好きに使っていいと言われたので」
「・・・ん?その手に持っているのはなんだ」
「えっと、薬草を植えようと思いまして」
「薬草?」
「はい。呪いを解く方法はまだわかりませんが、この薬草を育てれば痛みの緩和に役立つんです」
「こんな小さな物が本当に育つのか」
「もちろんです。たくさんお水や肥料をあげてお日様を浴びると立派に育つんですよ。そうしたらリグル王子の手の痛みを和らげる薬草が出来ます。まずは白魔術に倣ってやっていこうかと」
「白魔術?」
「白魔術は自己免疫を高めることで傷の治りや病を早く回復させてくれるんです」
耕した土に種を植えていくと珍しいのか、リグル王子は目を丸くさせながら不思議に見ていた。隣に座り込み更に食い入るように私の手元を凝視している。軽くとんとんと土を叩き、また次の種にも土をかぶせていく。
「あっ埋めてしまうのか?これでは芽がでてこないじゃないか」
「大丈夫ですよ。出てきますから」
「本当にそんな風で良いのか」
「はい。こうやって軽くかぶせる程度で大丈夫です。強く押し付けすぎると芽が出にくくなりますから」
「へぇ。魔女の実験とはもっと不気味で陰湿なものかと思っていた」
「えっ?・・・ふふふ。そうですよね、同じ魔術でも黒魔術とは全く違いますから。そうだ、よろしければリグル王子もやってみますか?この種をここの穴にいれて土を優しくかぶせるだけでいいんです」
「ここか?ここでいいのか?」
「はい。そうしましたら」
「いませんリグル様!!」
突然の鋭い声に手が止まった。顔を上げるとそこにはリグル王子専属の世話係の人が立っていた。歩きにくそうなヒールのある靴で慌ててこちらにやってくると私を睨みつけた。少しだけ土のついたリグル王子の手を見て驚愕している。私をもう一度見るその目をギュッと吊り上げていた。・・・しまった。どうやら怒らせることをしてしまったらしい。
「リグル様ったらお手が傷ついたらどうなさいますか!もうじき音楽祭もあるのですよ。クレア様もお気をつけてください!リグル様はピアノをお弾きになるのです。このような汚い物を触ってもしものことがあったらどうするのです」
「で、でも・・・」
「リグル様これで手をお拭きになってください」
世話係は白いハンカチを取り出すと土のついたリグル様の手を丁寧に拭いた。そうか、森で育った私にとっては普通のことでも王家にとってはそれが野蛮に見えるのね。リグル王子はもういい、と世話係に一言告げあしらった。
「あっそういえば私になにかご用でしたか?」
わざわざ離れたこの小屋まで来たということは私に用があったのかもしれない。先にそちらを優先すべきだったんだわ。
リグル王子は少しだけ口をすぼめた。その仕草に思わず首をかしげてしまった。
□□□
どういう風の吹き回しだろうか。
リグル王子がピアノの練習をしたいそうでわざわざ呼びに来て下さったそう。昨日のことで少しは信用してくれたと思っていいのかな。世話係の方はメイサさんと言うらしくリグル王子が生まれたときから身の回りのお世話をしている方らしい。そのメイサさんにドレスを着替えるように言われた。リグル王子は構わないと言ったけれどさすがにあれだけカビ臭くて埃の積もった部屋を掃除していた格好は私も気が引けたので着替える時間を設けてもらった。
「なんだ、また黒のドレスか。つまらないな。まぁ今日のところは仕方がない。行くぞ」
「はっはい。お待たせして申し訳ありません」
「本当に待った。僕は待つのがキライなんだ。これからはちゃんと時間をみて来いよ」
「はい。でももし遅れたら先に初めて下さっても----」
「また痛くなったら困るだろう。お前が隣にいれば便利だからな」
「そうですね。今日は薬草も持ってきたのでもしそうなった時は昨日より早く対処できるかと思います」
少し後ろを歩くメイサさんは面白くなさそうに聞いている。話しづらい・・・。聞くところによるとリグル王子は練習の際、メイサさんもメイドや執事も部屋に入れず一人での練習を好むらしい。これは一種の嫉妬を抱かれているのだろうか。でもリグル王子が決めたことだから仕方がないんだけど。
すると前からクロード王子がやってきた。こちらに気付くと優しく微笑んでいる。
「おや、リグル。クレアを連れてお出かけかな?」
「ローリオお兄様。今からピアノの練習をするんだ」
「へぇ」
「なっなに」
「いいや。なんでもないよ。音楽祭ももうすぐだ。あっその前に鎮魂祭があるね。リグルの演奏が聴けるのを楽しみにしているよ」
「クレアもよろしく頼むよ。それじゃ」
「はい」
クロード王子の後ろには見慣れない人がついていた。背中を丸め白衣を着た老人。お医者様?眼鏡のレンズがまるでビンの底のように分厚い。その重たそうな眼鏡をかけなおしながら私の隣を通り過ぎていく。一度だけ眼鏡の下のから覗き見るように黒目だけがこちらに動いた。アルコールの臭いがツンと鼻につく。
「今の方はお医者様ですか?」
「そうだ。長年王家に仕えているバンベルク医者だよ」
「お医者様と二人でいるなんて、クロード王子体調でも悪いのかしら」
「いつもの診察だよ」
「えっ?」
「いいから行くぞ」
遠ざかっていくクロード王子と年老いた医者になんだか胸騒ぎがした。




