【第二章】『第十六話』呪われた王家は不幸を辿る
「なにをしているんだジェラルダ!!」
「ローリ…オ様王子?」
ジェラルダ様のがピタリと止まり私を抱えたまま振り返った。
「なにってお楽しみ中だろう?こいつの体液には呪いを緩和する力があるんだ。知ってるだろう?あ、そうだ丁度いいローリオも試してみたらどうだ?本当に痛みがやわらぐぜ」
「彼女が嫌がっているだろう」
「ハッ!ンなことは知ったことじゃねぇ。俺の痛みが取れれば十分だ」
「痛みが和らいでも呪いは解けない」
「むしろ一番痛みを取って欲しいのはローリオ、お前じゃないのか。マリアネラ令嬢の相手ばかりしたところでなんの解決にもならないゼ」
「呪いが解けなければ意味がない。今お前がしていることはただの自己満足にしか過ぎない。王家はこの血を引き継がなければならない。途絶えさせるわけにはいかないんだ」
「・・・またそれかったく。面倒だな」
睨み合うとジェラルダ王子は面倒事は御免と言った様子で私を下ろした。なにも言わずにその場から離れて行く。衣類に返り血のようなものがついていたことに気がついた。
ひりついた手首を見ると薄暗くてもわかるほど痕がついている。去り際にローリオ王子の耳元でなにかを告げると、口角を上げながら城とは逆の方へ消えて行った。
「クレア大丈夫?」
「っ・・・」
「赤くなってるね。冷やした方がいい。あとでメイドに届けさせるよ。夜は危ないから部屋から出ないように」
夜の風にあてられ冷え切った身体にローリオ王子は羽織っていた上着を掛けてくれた。微かにぬくもりが残っていてまだ温かい。それでは、と離れて行くローリオ王子。一瞬引き留めてしまいそうになった。
―――むしろ一番痛みを取って欲しいのはローリオお前の方じゃねぇのか。
ローリオ王子は長男だからジェラルダ様やリグル王子よりウロボロスの呪いの侵食が進んでいるんだろうか。
気がつけば夜空には先程まで見えなかった星々が瞬いていた。隠れていた月も姿を現している。
「あぁ、そうか・・・」
あのとき私の涙を口に含んだのはウロボロスの呪いの痛みが消えるかを試したかったからなんだ・・・。他に理由なんてあるわけないのに。
ローリオ王子の上着を握りしめた。淡く抱きかけた思いが虚しさに変わっていく。
□□□□
部屋に戻りベッドの中で目を閉じた。何度か寝返りを繰り返しながら遠のきかけた意識の中で夢を見た気がする。現実と夢幻の境目のようなところ。あの黒猫がずっとこちらを見ている。鳴くでもなく動くでもなく、ただ黙ってこちらをみている。語り掛けるような瞳から目をそらすことができない。そうだこの黒猫は置物だったとようやく思い出した。分厚い本の上に背筋を正し座っている。
「おはようございます。クレア様。朝食のご用意が整いましたので、どうぞこちらへ」
カーテンの隙間から差し込んできた光は既に朝を知らせていた。私の身の回りの世話をしてくれると昨日挨拶してくれたメイドのヴェルサさんが寝起きの顔を覗き込んでいた。お母さんよりも年上そうでその顔はいつみても無表情だった。ううん。ヴェルサさんだけじゃない。ここにいる人は全員私と一線置いているのがわかる。歩み寄ろうとはせず与えられた自分の仕事をこなすだけ。
朝食が用意されたテーブルには温かそうなスープ、彩の良いフルーツが準備されていた。空腹だったことをようやく思い出すとお腹が鳴りそうになった。トマトがたっぷりはいったミネストローネを口に含み身体を温めた。
朝食を一人で取るなんて生まれて初めて。いつもお母さんと私で朝食の支度をしていた。それから朝一番で庭で仕事をしているおばあちゃんを呼んで、眠たそうな目をこすりながらアルミスがテーブルにやってくる。それが一日の始まりだった。
「どうかなさいましたか?顔色が優れませんが」
「いえ。なんでもありません。スープとってもおいしいです」
「おかわりもございます。必要ならばお申し付けください」
「ありがとうございます」
朝食を終えるとグレイマンさんがやって来てついてくるように言われた。
どこにいくのだろう。向かっている途中もグレイマンさんは一言も話さない。
部屋がある本館から出て西回廊を抜けると少し歩いたところに小さな建物が見えて来た。周りは木で覆われていて遠くからでは家が建っていることがわからないほどだった。裏庭に小さな荒れ畑が見える。家の塀には土から伸びたツルが屋根まで伝っている。
家の中に足を踏み入れるとカビ臭く埃っぽい。思わず口を手で覆うほどだった。全然使われていない様子だった。埃で白くなった机の上に真新しい書籍が積み重なっていた。そこには最新の魔法書から古い魔法書、高価な薬草などあらゆるものが揃っていた。奥には新しい釜や鍋まで。魔女が必要な道具が全て用意されている。しかもどれも新品のものだった。この場所はいったい・・・。
「すごい。こんなにも・・・。見たことないものがたくさんあるわ」
「魔術研究の際自由に使っていいと国王陛下がご用意して下さったものです。なお黒魔術の研究の際は必ずここにある地下室を使うように」
グレイマンさんがテーブルと絨毯を移動させると地下へ続く隠し扉があった。こんなところに地下室が?少しだけ開けた地下からはひんやりとした冷気が感じられた。さらにカビ臭く思わず咳き込んでしまった。長年使っていない証拠だろうか。
「わかっているとは思いますがここでの研究は他言無用。口外すれば死罪に値します」




