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【第二章】『第十五話』汚された唇は弄ばれる

 その日の夜はなんだか寝つけなかった。肌触りの良いシーツの中で何度も目を閉じ眠りに就くことができなかった。ここへきてからのできごとが頭の中をぐるぐると浮遊している。暗闇の中で目を開くと天井の幾何学模様がまるで生き物の目のように押し迫ってきた。


 ベッドから下りてカーテンをそっと開けると少しだけ欠けた月が夜闇にポツンと浮かんでいる。この場所から見る月は森で住んでいたときより遠く感じてしまう。とても静かな夜だった。

 夜風にあたろうとベランダへ出ると足元がひんやりとした。今朝ローリオ王子に出会ったことを思い出しながら階段を下りていく。芽吹いたばかりの芝生が足裏をくすぐった。咲いている草花は昼間と違いひっそりと眠っているよう。

 月の影が落ちた城を見上げるとゆらゆらと影が波打っている。ゆっくりと風で流されている雲が月にとかかっていく。


「逃げるつもりか」

「ジェ、ジェラルダ王子!」


 振り返るとジェラルダ王子が立っていた。その姿に思わず身体が震えた。同時にこんな時間に部屋を出たことを後悔した。


「にっ逃げたりなんかしません。ただ・・・眠れなくて」


 以前も見せた狡猾の笑みを浮かべながら一、二歩と近づいて来るので私も後退した。背中が壁についた。ジェラルダ王子も足を止めた。あと一歩で身体が触れ合いそうなほどだった。まるで捕らえられた獲物のように動くことができない。


「なんだよ、ビクつきやがって。だれも殺したりしねーよ。お父様の命令に背くわけねぇだろう」

「・・・部屋に戻ります」

「待てって」

「キャッ」


 離れようとすると強い力で肩を掴まれた。力の差は歴然であっという間に両手首を拘束されてしまった。逃げようと身体をよじるがジェラルド王子の力が更に強まり痛みが走った。

 強く掴まれた手首は痛みを感じ顔を歪めるとそれを愉しむように喉元を鳴らし始めた。その態度に反射的に睨みつけていた。しかしそれすらも滑稽といった様子で嘲笑った。


「いいなその顔。女が苦しむ顔つーのは服従感をくすぐられる」

「はっ離してください。ジェラルダ王子」

「チッ・・・。その呼び方は好きじゃねぇ」

「なにをっ」

「俺を王子と呼ぶな。そうだな、ジェラルダ様だ。俺をジェラルダ様と呼べ」

「そんな・・・痛っ」

「良いからそう呼べ。ほら早くしろ」

「そう呼んだら離してくれるんですか」

「さぁどうだろうな。お前次第だ」

「・・・離して下さい、ジェラルダ様」


 語気を強めてもう一度言うと突然、漂っていた青い芝の香りが消えて血の匂いが強くなった。視界いっぱいにジェラルダ様の顔が映ると唇を塞がれている。

 頭が真白になる。突然の行為に抵抗するのが遅れた。いや、遅れたところでなんの意味もなかったことに気が付いた。前もこちらの意思など関係なかった。噛みつくように唇を重ねられ抵抗する度に掴まれている手首を強くしめつけられていく。

 この鼻につく血の匂いはなに・・・。


「誰かを殺めたあとってのは興奮が治まらねぇんだよ」

「んぅ・・。やめっ・・・ン」


 固く閉じていた唇に無理矢理に舌をねじ込ませてきた。寝静まっている静かな庭園とは不釣り合いな唾液の音が響いく。にゅるりとした生温かい感触が口内で暴れ始め息が苦しい。無遠慮に入り込むその長く分厚い舌はまるでなにかを味わっているようだった。口内を堪能するようにジェラルダ様の舌先が器用に歯列や上顎をなでていったかと思うと、今度はのどの奥まで迫ってくる。異物の侵入に嗚咽が出そうになる。けれどそれに構わずに押し迫ってくる。

 そのとき口内にまた焼け焦げた味が広がり始めた。口の中から溢れた互いの唾液が首元まで流れていく。

 苦しい。こんなの嫌っ・・・。苦しさの限界にきたときやっと唇が開放された。酸素を欲した身体は腕の中で大きく上下した。その様子を先ほどと同様に愉しむように笑みを浮かべ私を見下ろしている。


「ハァハァハァ…どうしてこんなことばかりするんですか」

「いいことを教えてやるよ」


 拘束されていた手が離れると今度は両手で首裏を掴み、耳元に触れるか触れないかのの距離で口を開いた。ふぅっと耳に息がかかる。カタカタと歯がぶつかり身体が震え出した。


「お前のその唾液がウロボロスの痛みを抑える作用があるんだよ。気付いてたんだろう」

「ンッ…離して下さ・・・」

「ここに来たんだ。しっかりその身体で奉仕してもらわねーとな」


 言い終わると強く耳たぶに咬みついてきた。痛みと恐怖で震えが止まらない。痛みに耐えられなくなり目尻に溜まっていた涙が頬を流れる。涙を舌で舐め上げられ顔を背けることしかできない。身体の中に恐怖が駆け巡っていく。


「ヤッ・・・」

「泣く魔女ってのもなかなかそそるな。いいぞっオレを拒めそしてもっと泣け」


 力を失った私の身体を軽々と担ぎあげると階段へと向かって歩き始めた。恐い・・・。このまま、このままどうなってしまうの。誰か助けて。


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