【第二章】『第十三話』魅入られた音色は魔笛を奏でる
「ローリオ様っ!もぉこんなの所にいらっしゃったのね!探しましたわよ」
「マリアネラ」
静かな薔薇園に甲高い声が響いた。やってきたのはマリアネラと呼ばれた女性だった。マゼンタカラーのドレスには何段も重なる大きなフリルがついていて、歩く度にボリュームの付いたドレスが揺れている。伸びたブロンドの髪を高い位置でリボンでくくり上げた髪型は顔の小ささをより引き立たせた。
私たちの前にくるとその猫のように吊り上がった目で私を一度だけ見た。ふんわりと漂っていた薔薇の香りが一気にアマリリスの濃い香りに変わった。
挨拶をしなければと思ったら、その視線はすぐにローリオ王子に移った。透き通るように白い腕を伸ばし慣れたようにローリオ王子の腕を取るとドレスと同じ色をした唇が動いた。
「この方は?あまり見かけない方ですけれど」
「彼女はラベッカ伯爵の遠縁の方だよ。しばらくここで暮らすことになったからよろしくね」
「クレアと申します。よろそしくお願いします」
「ラベッカ伯爵の遠縁の方なの。へぇそれは大変でしたわね。西に近い場所にお屋敷があるのでしょう?内戦に巻き込まれなくて良かったですわ」
と言う話になっているらしい。『死の魔女』のが王家にかけたウロボロスの呪いを解きに来た、なんて言えるわけはない。王家が魔女の呪いに掛かっていること自体が極秘とされている。口外すればその時点で首をはねられると部屋に帰る途中にグレイマンさんに忠告された。グレイマンさんは私が逃げないよう任を受けたいわば監視役だそう。もともと逃げれるとも思ってないけどグレイマンさんがいると更にそれが難しそう。なんだか隙がない人だから。それに王家の極秘事項を共有しているってことはグレイマンさんもそれなりにすごい人なんじゃ・・・。
「ふふ」
マリアネラ様はニッコリと微笑むと特に興味も持った様子もなくローリオ王子の腕を引っ張った。
「異国から新しい紅茶が手に入ったの。よろしければローリオ様もご一緒にいかがですか?」
「私はこれから仕事が・・・」
「えー前回も仕事だとおっしゃっていましたわ。たまには私のことも構ってくれなきゃ困りますぅ」
「では、少しだけなら」
「ふふふやった!行きましょう」
ローリオ王子の腕を慣れたように引きながらマリアネラ様は嬉しそうに歩いていく。二人の後姿を見送っていると風が吹き込んできた。マリアネラ様の髪に付いた薔薇の花弁をそっと取るローリオ王子。マリアネラ様は頬を染めながら眩しい笑みを零した。
人が恋をしている姿を目の当たりにした。この世界には幸福と希望しかないようにマリアネラ様は輝いていた。その人の目に止まりたくて、その人の為だけに整えられた身なりは自信に満ち溢れている。あのように高貴な方がローリオ王子の隣には相応しいんだろうな。
ローリオ王子もブリオッシュ国王陛下と同じようにウロボロスの呪いにかかっている。ローリオ王子だけじゃない。ジェラルダ王子やまだ幼い第三王子のリグル王子も・・・。
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部屋に戻る途中にどこからかピアノの演奏が聞こえて来た。心地の良い流れるようなメロディに自然と心が弾むような気持になった。美しい音色に誘われ城の中へ戻ると廊下でピアノの演奏に耳を傾けながらメイドや執事たちが仕事をしている。たくさんのシーツを両手で抱え洗濯場へ向かう老女の足取りは軽く、強面だった執事たちの表情も和んでいる。
「いつ聞いてもリグル様のピアノは素敵だわぁ」
「本当ね。もうじき音楽祭があるからそこで披露される曲かしら」
どうやらピアノは第三王子のリグル王子が演奏されているようだった。議会のときは少し冷たくて気難しそうに見えたけど。こんな素敵な演奏をする方だったなんて。
ピアノの演奏は日当たりの良い奥の部屋から聞こえてくる。そちらに向かい歩いて行くと、部屋の扉が少しだけ開いていた。
気づかれないように、そっと覗いて見ると部屋の中央にピアノが見えた。黒い光沢のあるピアノは差し込んだ太陽が反射してより輝いてみえた。
その前で華奢な身体でを大きく動かしながらピアノを弾いている人影が見える。繊細な指先が鍵盤を押す度に紺色の前髪が揺れている。まるで身体そのものから音が出ているようだった。ピアノと人が一体となっている。そんな不思議な光景に気がつけば目を奪われていた。
「誰!?」
突然ピアノの演奏がピタリと止った。鋭い矢のように言葉を発した。最初は警戒して覗いていたのに、つい幻想的な光景に魅入ってしまっていた。演奏の邪魔をしてしまったことに申し訳なさを抱きつつおずおずと部屋に入った。
「クックレアです。その、演奏の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。挨拶にと思いまして」
「アンタは昨日の・・・挨拶ならいらない。僕には関係のないことだから」
「関係ない・・・?」
「アンタみたいな奴に呪いを解けるとは思えないってことだよ。わかったらさっさと出ていけ。練習の邪魔だ」
そのあどけなさが残る顔とは裏腹に辛辣な言い方だった。一瞬のうちに高く分厚い壁を建てられた。拒絶されたのは明らかではそれ以上何も言えなかった。
アルミスと年が近そうで思わず重ねてしまっていたんだわ。王家の人にそんな親近感を抱くなんて分不相応よね。部屋に戻ろう・・・。
一礼をし出ていこうとするとリグル王子は私を視界に入れるのを拒むように荒々しく楽譜をめくった。アルミス今頃どうしているかしら。
「痛っ・・・」
扉をしめようとすると、うめき声に似た音が背後で聞こえた。




