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【第二章】『第十二話』黒猫は不吉に前を横切る


 部屋に戻ると沈みかけた太陽のわずかな明りが部屋に残っている。一人きりになった部屋はとても静かだった。この静かな部屋で自分の鼓動だけが激しく脈打っているのがわかる。頭の中にはまだブリオッシュ国王陛下の怒号が続いていた。


 私が『死の魔女』の生まれ変わり?王家の呪いを解くことができなければ殺されるって・・・ううん。それだけじゃない。『死の魔女』と同じ裁きを下すというのなら私の家族も・・・みんな、みんな殺されてしまう。

 ふらつく足元に躓きながらソファに倒れ込んだ。ブリオッシュ国王陛下に絡みつく大蛇。その目がすぐそこにある気がして反射てきに目を瞑った。

 燃え盛る炎の中で消えていった『死の魔女』の光景が瞼の裏で呼び起こされ再び目を開けた。けれど目を開けてもその光景が消えることはない。あの水晶の中から放たれたまがまがしい憎しみ。額にじんわりと汗をかいていた。


 私は生まれ変わりなんかじゃない。私はクレア。そう、クレアよ。お父さんとお母さんから生まれたんですもの。『死の魔女』なんて知らない。心の声が伽藍洞の空間に落ちて誰にも聞かれないまま消えて行った。



□□□



 いつのまにかソファの上で眠っていたようだった。カーテンを開けようと立ち上がると、ポケットと中に眼帯が入っていた。グレイマンさんか誰かが拾ってくれたのかしら。左目に眼帯をしているとゴトンと鈍い音が聞こえた。

 黒猫の置物がまた転がっている。真黒な墨のように黒い猫。その瞳には翡翠の宝石が埋め込まれていた。黒猫の置物を拾い上げる底を覗いてみるけれど傾いてはいない。暖炉の上も真っ平。なぜ落ちてしまったのかしら。暖炉の上に戻そうとした。でももしかしたらこの場所が気に入らないのかもしれない。思わず一人になった自分と黒猫の置物を重ねていた。どうせなら日当たりの良い窓際のテーブルの上に置いておこう。


 カーテンを開けると大きな窓から昇りたての太陽が燦燦と光を注いできた。窓の向こう側には見慣れない豪華な庭園が広がっていた。芝生で作られた模様はまるで絨毯のように城の庭に敷かれ、中央の道脇にある花壇には色とりどりの花が咲いていた。洗礼された草花は森で見るのとは少しだけ違っていたがそれでも荒みかけていた心を癒してくれた。

 少し離れたところにはまた別の塔が建っている。その隣には小さな教会も見えた。外の風にあたりたくて部屋の隅にあるバルコニーへ続くドアから外へ出た。

 朝一番のまっさらの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「やぁ、おはよう」

「ローリオ王子!おっおはようございます」

「丁度良かった。中庭を散歩でもしないか」

「でもローリオ王子はお忙しいのでは」

「構わないよ。下りておいでよ」


 ローリオ王子は右側を指差すとそこには一階に続く細い階段があった。階段を下りていくとローリオ王子は慣れたように私の手を取り地上へと招いてくれた。差し出された手に一瞬迷ってしまったけれど、拒むのは失礼だということくらいはわかっている。ただそう言った所作に慣れていない私は、ローリオ王子にとって当たり前のことですら戸惑ってしまう。

 村の人たちがローリオ王子に歓喜を上げたのはその容姿だけではなくて、高貴な身分でありながら人に寄り添うことができる方だからこそなんだわ。

 重ねた手を優しく握られると残りの二、三段の階段はあっという間に下りることができた。お礼を告げるとローリオ王子は目を細め優しく微笑んだ。その微笑みに胸の奥がまた熱をおびていく。


「昨日は眠れた?あんな話を聞かされたばかりだかりであまり眠れていないんじゃないかと思って心配だったんだ」

「だ、大丈夫です。疲れてしまってすぐ寝入っていました」

「そう?それならよかったけど」

「うわぁ綺麗なお花」


 朝露に濡れた草花は潤いと蜜をたっぷりふくませその色味を一段と鮮やかに感じさせた。ピンッと雫が飛び跳ねた。ローリオ王子が遠くを見つめているのに気付き、視線を辿ってみたけれどなにをみているのかわからなかった。


「ローリオ王子?どうかなさいましたか?」

「ん?あぁ、向こうに薔薇園があるから行こうか」

「はい」


 少し歩くとどこからか薔薇の香りが漂ってきた。角を曲がると薔薇園が広がっていた。高貴な香りに包まれる空間はまだ夢の中にいるのような感覚をだった。赤いやピンク、黄色の薔薇何十種類もの薔薇が咲き誇っている。手入れの行き届いたその薔薇園はまるで理想を描いた絵画のように美しかった。


「素敵。こんなにも鮮やかな色の薔薇が咲くんですね」

「季節ごとにかわるんだよ。国賓を招いてお茶会などを開く時はここを使うんだ。貴族が集まって雑談するんだ。君も今度は参加してみるといい」

「わっ私なんかがそのような大それたお席には・・・場違いです」

「そんなことないよ。一応君は国賓扱いで借り席を用意させている。まぁ退屈な会ではあるけどね。みんな自慢話しかしない」


 そういえば昨日ブリオッシュ国王陛下が話していたウロボロスの呪い。呪いは三人の王子にも受け継がれていると言っていた。ということはローリオ王子にも・・・。


「あ、ごめん。でも世界中から取り寄せた紅茶やお茶菓子はとても美味だよ。ジェラルダもそれだけを食べに参加するくらいだ」

「ジェラルダ王子が?」

「粗暴そうに見えて甘い物が好物なんだよ。らしくないだろう?」

「はい。意外ですね。どちらかというと苦手そうに見えます」

「特にチェリーパイが好きでね。前回のお茶会ではワンホール全て平らげてしまうほどさ」

「・・・」

「ジェラルダのことまだ怒っているかい?」


 突然切り出されたのはジェラルダ王子についてだった。


「・・・ウロボロスの呪いを解きたいという気持ちは王家の誰もが持っている。日に日に衰弱していく父をみてジェラルダが焦る気持ちもわからなくはない。私たちには君の力がどうし手も必要なんだ」

「でも私には呪いの解き方なんてわかりません。本当にお力になれるのか・・・。あの占星術師の方は私を『死の魔女』の蘇りと言っていましたけど。信じられなくて」

「そうだよね。父も言っていたけど当時『死の魔女』に関係する者は全て処刑されている。だから『死の魔女』の血縁関係者は誰一人生き残ってはいないはずなんだ」


 小鳥が数羽飛んでくるとローリオ王子の指に止まった。こんなにも穏やかな朝が訪れているのに自分を取り巻き始めている世界はまるで別物だった。


「占星術師がいうには君は器に選ばれたって話だから血縁者とは限らないのかもしれない。今の君が存在しているのも事実だ。悪魔と契約をしていないのに黒魔術を使える君がね。そして百年も呪いを受け継いできた私たちも同時に存在している」

「私のこの力は本当に黒魔術なんでしょうか・・・」

「使い魔についてもなにもわからない?黒魔術を使うには使い魔を呼び出してるはずなんだけど」

「・・・わかりません。母にも止められていたから」

「そう。黒魔術は危険な術だ。なにか変わったことや気づいたことがあったらすぐに話して欲しい」

「はい。もちろんです」

「君が混乱するのも無理はないよ。今までなにも知らずに暮らして来たんだから。それでも私たちを救うことができるのはクレア、君だけなんだ」

「ローリオ王子」

「それがこの国の未来にもつながる」


 ローリオ王子の真剣な表情。その宝石のようなシアンカラーの瞳にすいよせられると目が離せなくなる。しびれる胸の熱は痛みさえ感じるのにどこか心地が良い。ここに咲いているこの薔薇たちのように花弁から甘い蜜がとめどなく溢れてくる。ゆっくりと、ゆっくりと鼓動と一緒に全身にまわっていく。


 今までこの力をなにに使えばいいのかわからなかった。煩わしいとさえ感じていた・・・。けれど、もし本当にこの力が王家の呪いを解くために宿ったのだとしたら。私は喜んでそれを受け入れよう。ローリオ王子の力になれるのなら・・・。


「ローリオ様っ!こんなの所にいらっしゃったのね!もぉ~探したのよ」


穏やかだった薔薇園に甲高い声が響いてきた。

 


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