二人の会話 その2
1941年12月、日本
園田一花と岡本晃司は、1941年にタイムスリップして以来、自分たちのこれまでの人生や、
防衛大学校に入った理由など、さまざまなことを語り合っていた。
未来を変えたいという強い気持ちはあるが、まずは自分たちがどうしてここにいるのか、
自分たちが防大に入った理由などを振り返り、理解を深めることで、この異常な状況に
立ち向かうための道筋を見つけようとしていた。
一花がふと尋ねた。「そういえば先輩は、どうして防大に入ったんですか?」
晃司は少し考え込んでから答えた。
「んー、最初は勉強がしたかったからかな。物心ついた頃には、軍人になりたいとも思ってたけど、
ふと気づいたんよ。
この国には、軍隊がないってことに。
なんでやろうって疑問に思ったんやけど、文字が読めるようになる頃には、
学校だけじゃなくて、本やインターネットで歴史を学んでるうちに、学校で教わることと
本やネットに書かれている史実が違うって気づいてね。
混乱したこともあったけど、なんとか自分で考えるようになったかな」
一花は頷きながら興味深そうに聞いていた。「それで、その理由を知ったんですね?」
「そうや。軍隊がない理由を知ってからは、なんとなく普通に学校生活を送ってたけど、
小学校中学年くらいには、みんなそれなりに考えを持ち始めるやろ?
俺もそんな感じやった。
戦後、日本は経済や技術で世界のトップクラスに復興したけど、何かが他の国と違うなって感じてた。
特に、国連軍の人たちが『金だけ出して人を出さない』って批判するのを聞いて、
誰がどう反論するのかって思ったんよ。
『じゃあ俺が行けばいい』って、そう思ったんやな」と晃司は続けた。
一花は少し驚きつつも、
「確かに、大人でも憲法をどう理解しているかで、戦争反対を訴える人もいれば、
臆病だと言われても気にしない人もいますよね」と頷いた。
晃司は少し笑いながら、
「そうそう、憲法九条の1項は侵略戦争の放棄っていう政府解釈があるけど、
自衛措置まで戦争と捉えている人も多い。
俺も小さい頃はその辺、よくわかってなかったけど、自衛戦争とか防衛戦争っていう言葉自体が、
戦後の憲法学者が作ったもんや。
戦争という概念で自衛措置を捉えさせようとしてるんやな」と説明した。
一花も理解を深めながら、
「そうですね、戦後は日本が戦争を放棄するってことが強調されましたけど、
その裏では自衛隊の存在意義が曖昧になっていたんですよね」と続けた。
晃司は少し懐かしそうに、
「俺が小学生の頃は、在韓米軍や在日米軍がいなくなったらどうなるかって、よく考えてた。
自衛隊は軍隊じゃないから、専守防衛しかできない。
それに核兵器も持ってない。
もしもアメリカが日本を見放したら、日本はどうやって守るんやろって、ずっと疑問やった」と
語った。
一花は驚いた様子で、
「小学生でそこまで考えてたんですね…。確かに、日米安保条約があっても、それが永遠に続く
保証はないですもんね」と感心した。
「そうやね。安保法制はできたけど、それでも米軍が撤退したらどうするかって問題は解決してない。
そんなことを考えてたけど、高校に入る頃には防衛に特に興味はなくなってたね。
ただ、勉強がしたかったから防大に入ったって感じや」と晃司は笑いながら振り返った。
晃司が一花に問いかけた。「で、君はどうして防大に入ったん?」
一花は少し躊躇しながら話し始めた。
「もともとは薬剤師を目指していたんです。でも、私が高校に入った頃、父が倒れてしまって、
大学の学費をかける余裕がなくなったんです。
それで、防大なら給料ももらえるし、国を守るということに関心を持つようになって、
入学を決めたんです」
「そうやったんか。大変な事情やったんやね」と晃司は真剣に聞き入った。
「はい、それで、自衛官になって補給部隊に志願しようと思ってたんです。
補給が戦場では重要だって考えていたから」と一花が答えると、
晃司は興味深そうに続けた。
「補給部隊か。前線部隊と同じくらい危険な任務に就くことになる可能性もあるけど、
それでも補給にこだわった理由は?」
「中学の時に憲法前文を完璧に覚えたんですけど、『恒久の平和』なんて現実には存在しないと
感じたんです。
戦争が起こったとき、物資を供給できる補給部隊こそが、唯一戦場で生産的な役割を果たせると
考えて…」と、一花は静かに答えた。
晃司は感心しながら、
「なるほど。君は本当に偉いよ。俺なんか、ただ勉強がしたくて、防大に入っただけやし、
そこまで深く考えてなかったからね」と素直に褒めた。
晃司はさらに言葉を続けた。
「俺も防大に入って学問を学びながら、人間としてもう一度教養を身につけたいと思った。
高校の勉強だけじゃ足りないと思ったんや。
別に学歴がなくても賢い人はたくさんいるけど、俺はもっと深く学びたかったんや」
一花はそれを聞きながら、少し微笑んで答えた。
「私も勉強がしたくて防大に入りました。だから、先輩がどうしてここまで考えたのかが、
よくわかります」
二人はお互いの背景や思いを共有しながら、さらに深い話へと移っていった。
戦争の現実や、国を守ることの意味、そして自分たちがここでできることについて、
考えを巡らせ続けるのだった。
晃司と一花は、過去の自分たちがどういう風に物事を考えていたのか、
そして防衛大学校に入るに至った背景などについて、真剣に語り合っていた。
特に晃司が高校時代に考えた「権利」や「道徳」についての話は、一花にとっても興味深いものだった。
一花が、少し感心したように質問を続けた。
「先輩は本当にいろいろ考える少年だったんですね。そういうふうに考えたきっかけって、
何だったんですか?」
晃司はしばらく考えてから答えた。
「一つは、当時の世界情勢や冷戦時代の核戦争の話やね。
『核戦争が起こったら、地上の生物はすべて滅びる』って言われてたやろ?
それを聞いて、ある同級生の女の子に『人間にそんな権利があるの?』って聞かれて、
権利って何なんやろうって考え始めたんや。義務教育で習う道徳のことも合わせてね」
一花は、「道徳ですか…」と考え込みながら、続きを促した。
「そう。俺の担任の先生、国立大の法学部を出ていた人で、道徳なんか国家が変われば
変わるもんやと言ってた。
でも、もしそうなら、道徳以上のもっと普遍的な何かがあるはずやないかって思ったんよ。
それが『人の道』って呼ばれるものかもしれんし、道徳を反映した法律に反すれば、
法的には外的強制力によって罰せられることになるよね」と晃司は話し続けた。
一花は真剣に頷きながら、
「確かに、法律は国家の道徳を反映している部分がありますけど、世界統一の法律なんて
ないですもんね。
アメリカが一時期、世界の警察を名乗っていたけど、それも終わって、中国が力をつけて
きた時代に私たちは生きていましたよね」と振り返った。
晃司はそれに同意し、
「そうそう。中国はウイグル、チベット、南モンゴルなんかの人権問題を無視して、
世界中に自分の影響力を広げようとしてたよね。
中華思想に基づいて、『他の国の領土は侵略してもいい』っていう考え方や。
だけど、アメリカだって正義の味方じゃないし、彼らの憲法が絶対に正しいとも言えん」
一花も、深く共感しながら言った。
「ええ、アメリカって、今まで一度も自国の本土が外敵に侵略されて、大きく傷つけられた
ことがない国ですからね。
だから、彼らの価値観や法律が、他の国と違ってくるのも当然かもしれません」
晃司は続けた。
「結局、人間には逃れられない何かがあるんやと思った。人の道に背けば、
必ず物理的か精神的な形で報いを受ける、そう感じたんよ」
一花は興味深そうに、「それで、先輩はどう考えたんですか?」と聞き返した。
「その女の子の言葉を前提に考えるなら、人類が他の生物を無駄に殺すことは、
人の道に外れた行為なんじゃないかと思った。
だって、俺たち人間は他の生物がいなければ生きていけない。
食物連鎖の中にあって、他の生物を食べることでしか生き延びられへん」と晃司は説明した。
「確かに、そうですね」と一花は考え込んで答えた。
「それに、冷戦時代には『ボタン戦争』って言われてたやろ?指一本で核戦争が起こる可能性があった。
政治家が軍隊よりも強大な力を持って、世界を滅ぼすかどうかを決める。
それが問題やと思ったんよ。
民主主義では、軍人は政治家の命令に従うけど、その政治家が人類の運命を握っているって、
どうなんやろって」
「それは、確かに問題ですね…」と、一花は納得した。
「そうやろ?人類滅亡の危機を回避するために、俺は人類が地球の外に生存圏を広げるべきやと
考えたんや。それが未来の課題なんやろうけど、どうやって他の生物を守るかも考えなあかん。
SFの物語でよくあるけど、人類が宇宙に進出したら、戦争の形態も変わるかもしれんしな」と晃司は、
さらに未来を見据えた考えを語った。
一花は感心しながら、
「先輩は本当に、ずっと深く考えてたんですね。私なんか、高校時代にはそこまで考えた
こともなかったです」と返した。
晃司は微笑みながら、
「いや、俺も高校時代の頃はまだ迷ってたよ。でも、その同級生の女子が、俺にとっての気づきやった。
彼女が言ってたことを考え続けて、権利って何かを追い求めたんや」と言った。
一花が興味を持って尋ねた。「その同級生の方は、どうされたんですか?進学されたんですか?」
晃司は少し懐かしそうに、
「ああ、彼女は一浪して、国立の外大に進学したよ。もともと勉強はそこまで得意じゃなかったけど、
途中から頑張り始めてな。とある男子を追いかけて、努力してたみたいや」と話した。
一花は微笑みながら、「やっぱり、もともと頭が良かったんでしょうね」と言った。
晃司は、少し考えながら言った。
「どうやろね。学問ができるかどうかが、人間の教養を測る基準にはならんと思うんや。
俺も、学校の成績だけが全てやとは思ってない。
教養ってのはもっと広くて、深いもんやからね」
一花も同意しながら、
「私もそう思います。教養って、ただの学問だけじゃなくて、生き方や価値観も
含まれるんじゃないかな」と述べた。
二人はそのまま会話を続け、人生について、そして未来の可能性について深く語り合った。
お互いの価値観や考え方が次第に明らかになり、それが二人の絆を深めていった。
この時代に取り残されながらも、彼らは共にどう生きていくべきか、
少しずつ答えを見つけ出そうとしていた。