出会い
1941年12月、日本
寒々しい風が吹き荒れる昭和16年、1941年の12月。園田一花は、
見知らぬ男性が地面に倒れているのを見つけ、急いで声をかけていた。
周囲は静まり返り、まるで時間が止まっているかのように感じられた。
「…すみません、大丈夫ですか?どうなされたんですか?」
一花は心配そうに、男性の肩を軽く揺らしながら呼びかけた。
「起きられますか?目を覚ましてくださいませんか?」
ゆっくりと意識が戻るように、岡本晃司はうっすらと目を開けた。
視界がぼやけている中、若く美しい女性が自分を見つめていることに気づいた。
「ん…あなたは?」
一花はホッとした表情で答える。「気がつきましたか?大丈夫ですか?怪我はないですか?」
晃司は体を軽く動かしてみたが、特に痛みは感じない。どうやら怪我はしていないようだ。
「ええ、どうやら気を失っていたみたいですが、大丈夫です。ありがとうございます」と、
まだぼんやりとした頭で状況を整理し始めた。
「心臓の鼓動も正常でしたし、見たところ怪我もなさそうでしたので、声をかけさせてもらいました」
と、一花が丁寧に説明する。
晃司はふと、彼女の服装に目が留まる。その制服はどこか見覚えがある――防衛大学校の制服だ。
彼も同じ制服を身に着けていたことを思い出し、質問を投げかけた。
「その制服…あなた、防衛大の学生さんですか?」
「はい、そうです」と一花は頷く。
「私も気を失っていたようで、目が覚めたらあなたが倒れていたので驚きました。
でも、あなたも防衛大の学生さんですよね?」
晃司は少し驚いた表情を見せる。彼女も防衛大の学生であることに気づき、状況を整理しようと努めた。
「ええ、そうです。ここは校外のようですが、一体何が起きたんでしょう。
さっきまでは寮内にいたはずなのに、気づいたらここで倒れていて…」
一花も同様の体験をしたらしい。
「私もです。寮内で何か妙なことが起きて、気を失いました。目が覚めたら、こんな場所に…」
晃司はますます困惑し、彼女ともう少し状況を確認することにした。
「本当にここは校外ですよね?寮内で気を失ったはずなのに…」
「そうです。学校の建物も見当たりませんし、ここがどこなのかもわかりません」と、
一花が続ける。
「人もあまりいないようですし、とにかくあなたを起こすことが先決でした」
二人はお互いの状況が酷似していることに驚きながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、晃司が周りを見回しながら提案する。
「どうせ学校も見当たらないし、まずは人を探して、ここがどこなのか聞いてみましょう」
二人は近くの道を歩き出し、やがて三人の子供が遊んでいるのを見つけた。
晃司が彼らに声をかける。
「ねぇ、君たち。ここはどこだか教えてくれない?」
子供たちは不思議そうな顔で二人を見上げた。
「横須賀だよ。お兄さんたち、見慣れない服着てるね。軍人さんみたいだね」
晃司と一花は顔を見合わせ、混乱した表情を浮かべる。「軍人?」
一花が子供たちに優しく聞き返す。「私たち、軍人じゃないよ。近くに軍人さんがいるの?」
「そりゃそうだよ、女の軍人さんなんか見たことないし。でも、近くには軍人さんがたくさんいるよ」
その言葉に、二人は再び目を合わせた。違和感が一気に広がり、謎が深まっていく。
「ねぇ、今は何年?何月?」一花が慎重に尋ねた。
子供の一人が答える。「昭和16年12月だよ。8日に開戦記念日があったところだけど、
お姉さんたち、知らないの?」
一花は驚きを隠しきれないまま、笑顔で子供たちに礼を言う。
「そうなんだ…ありがとうね。私たち、ちょっと行かなきゃいけないから。またね」
二人は子供たちに別れを告げた後、その場でしばらく立ち止まった。
お互いに信じられない表情を浮かべながらも、現実を受け入れざるを得ない状況に戸惑いを隠せない。
晃司は唇をかみしめながら言う。
「これ…夢じゃないですよね?僕たち、本当にタイムスリップしたのかもしれない」
一花も同じく困惑した表情で頷いた。
「信じられないけど、そうみたいですね。これが現実…夢じゃないですよね?」
二人はそれぞれ、自分の頬をつねってみた。痛みが走る。これは間違いなく現実だ。
「現実だな…」晃司はため息をつきながら続ける。
「まさか、こんなことが本当にあるとは。近くに他にも同じような人がいるかもしれません。
大人も探して、もう少し情報を集めましょう」
一花も同意する。「そうですね、今はそれしかできませんね」
歩きながら、晃司がふと思い出して言った。
「あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。僕は岡本晃司。2019年12月から来ました。防衛大4年生です」
一花は微笑んで答える。「私は園田一花です。同じく2019年12月から来ました。防衛大3年生です」
お互いに自己紹介をしながら、二人はそれぞれが同じ時代から来たことを確認し合った。
防衛大の厳しい上下関係の中でも、ここではその違いを感じることなく、
同じ境遇に立たされた者同士として連帯感が生まれた。
そして、二人は新しい現実の中で、これから何が起きるのかを探るため、未知の世界に足を踏み出した。
一花と晃司とは、異世界に放り込まれたかのような感覚に戸惑いながらも、目の前の現実を
受け入れるしかなかった。
二人は今、1941年の日本、昭和16年の横須賀にいるらしい。
そして、今は大東亜戦争の開戦直後だと知った。
自分たちが2024年からタイムスリップしたことに、まだ信じられない気持ちを抱えながらも、
少しずつこの異常な事態に適応しようとしていた。
晃司は一花にふと興味を持ち、「そうでしたか。現役で防衛大に入学したの?」
防衛大学校の学生として、お互いの学年も気になるところだった。
「はい、現役です」と一花は即答した。
晃司は少し頷き、「じゃあ、学年も一つ下やね。僕も現役で入学したから、4年生なんよ」と言った。
「そうでしたか、先輩だったんですね…」と、
一花は緊張を感じながらも、今の状況ではその上下関係をあまり気にしすぎないように心掛けた。
この異常な状況下では、無用な緊張は避けたいと思ったからだ。
晃司もそんな一花の様子に気付き、彼女を落ち着かせるように和やかに話しかける。
「まあとにかく、今は情報を集めるのが最優先や。もっと確かな情報を得るために、
しばらく周囲を探索しよう」
一花も気を取り直し、
「そうですね、軍人を探してみれば、もっと正確な情報が手に入るかもしれません」と提案した。
晃司は軽く頷いた。「そうやな、軍人なら詳しい話を聞けるやろう。行こうか」
二人はしばらく歩き、ようやく一人の陸軍軍人を見つけた。その軍人は何らかの警備をしているようで、
制服に身を包んで立っていた。
晃司が恐る恐る声をかけた。
「あのー、すみません」
軍人の下士官は少し驚いた様子で、二人を見下ろしながら答えた。
「ん?なんだお前たちは。見慣れない服装だな。軍人か?」
晃司は少し戸惑いながら、「いや、僕たちは学生です。少しお聞きしたいことがありまして…」
下士官は眉をひそめ、「学生だと?まあいい、なんだ?」と、
興味を持った様子で応じた。
二人は目の前の「本物の」大日本帝国軍人を見て、少し感動を覚えながらも、質問を続けた。
晃司が慎重に言葉を選んで、
「今は昭和16年12月ですよね。ついこの前の8日に開戦記念日があったと聞きましたが、
その戦況はどうなっていますか?」と尋ねた。
下士官は驚いたように、
「そんなことも知らんのか。そうだ、今月8日に真珠湾を海軍が攻撃し、大勝利を収めた。
さらに陸軍がマレー半島に上陸し、占領した。これも大勝利だ。大本営の発表くらい知っておけ」と、
誇らしげに答えた。
晃司はその言葉に頷きながらも、一花が気になったことを口にした。
「そういえば、海軍は10日にマレー沖で英国の最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズを
沈めましたよね?魚雷7本が命中して、午後2時50分に撃沈…」
下士官は一瞬驚いた顔を見せた。
「なんだ、お前、女のくせにその情報をどうやって知った?
大本営発表ではそこまで詳しくは伝えてないぞ。貴様ら、怪しいな…よし、将校を連れてくる。
そこで待っていろ」と言い残し、その場を離れた。
一花は急に焦りの表情を見せ、晃司に声をひそめた。
「岡本先輩、すみません…私、余計なことを言ってしまったかもしれません。ここは危険です。
早く逃げましょう!」
晃司は落ち着いた様子で、
「いや、そんなことないやろ。もっと詳しい話を聞けるかもしれないし、
これで現状がはっきりするやろう」と返したが、一花は首を振る。
「いえ、今はもう十分です。これ以上いるのは危険です。早くここを離れましょう!」
一花の真剣な表情に、晃司もついに折れた。「わかった、君がそこまで言うなら、逃げよう。行くぞ!」
二人はその場から走り出し、物陰に身を潜めながら、何とか安全な場所まで逃げることができた。
「ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫やろう」と、晃司は息を切らしながら言った。
「喉も乾いたし、どこか休める場所を探そう。これからのことも考えないと」
一花も深呼吸しながら頷いた。
「そうですね、公園か何かがあればいいんですけど、歩きながら探しましょう」
しばらく歩くと、小さな公園を見つけた。二人はその場に腰を下ろし、少し休憩を取ることにした。
「ここでいいね」と晃司が言い、二人は地面に座った。
周囲は静かで、少しだけ現実から切り離されたかのような感覚が二人を包んだ。
一花が静かに話し始めた。
「どうやら、間違いないですね。私たち、本当に1941年の日本、しかも大東亜戦争の開戦直後に
タイムスリップしてしまったようです。さっきの軍人の話も史実通りでした」
晃司は頷きながら、「そうやね。このままでは、私たちはどうすればいいのか…」と考え込む。
「もし、この歴史を変えたらどうなるんやろう。未来の日本が変わる可能性があるかもしれない。
僕たちは、ただの学生やけど、もしかしたら…」
晃司は、タイムスリップしたことを受け入れつつ、この機会を使って何かできるのではないかと
考え始めていた。
日本の未来を良い方向に変えることができるかもしれない――その考えが頭の中を駆け巡る。
一花も同じようなことを考えつつ、二人はこの新たな現実とどう向き合うべきかを模索していた。