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序章:玄冬の兆し

冬の冷たい風が木々を揺らし、枯葉が静かに舞い落ちる神奈川県横須賀市の防衛大学校。

その校舎の窓から見える景色は、年末の寒さを映し出していた。

世の中は、新しい年を迎える準備に追われ、賑やかな街の喧騒が遠くに聞こえる。

人々は新しい元号「令和」に対する期待や不安を抱えながらも、今年最後の月を過ごしていた。


この年、令和元年は、新たな時代の幕開けであった。平成から令和へ、上皇陛下が退位され、

天皇陛下が即位されたこの年。

人々は、昭和から平成への御代替わりとは異なり、悲しみではなく祝福の中で新しい時代を迎えていた。


防衛大学校のキャンパスでは、寒さの中にもかかわらず、生徒たちが日々の訓練や講義に

精を出していた。

男子生徒が圧倒的に多い中、少数の女子生徒たちもその中で奮闘していた。


朝の会話

女子寮の一室。

ルームメイトであり、防衛大の3年生である園田一花そのだいちか井上胡桃いのうえくるみ

は、朝の準備をしていた。


胡桃が、少し眠たげな声で呼びかける。

「おはよう、一花」


「おはよう、胡桃」と、一花も微笑みを浮かべながら応じた。


部屋には二人分のベッドが並び、それぞれのデスクには教科書やノートが整然と置かれている。

防衛大は全寮制であり、日々の生活は軍隊さながらの厳しさだ。

しかし、そんな環境の中でも、二人は気の置けない友人であった。


胡桃が声を弾ませた。「今朝は一緒の講義だね」


一花も軽く頷く。「そうだね。もうすぐ年末だけど、どうするの?」


胡桃は少し考え込むようにして答える。

「もちろん帰省すると思うけど、一花は?」


「私も帰省するよ。でも、家が近いからそんなに大変じゃないかな」


胡桃は微笑みながら質問を重ねた。「どこか旅行の予定でもあるの?」


一花は興奮した様子で答える。

「家族で初詣に行った後、高校時代の友達と九州を縦断する予定!福岡から熊本、そして鹿児島へ。

 特に鹿児島では知覧特攻平和会館に行くんだ」


その話を聞いて、胡桃も少し興味を持ったように聞き返す。

「へぇ、いいね。私は昔の友達と京都観光と大阪食べ歩き旅行の予定。

 クリスマスはちょっと寂しいけどね」


一花は微笑んで応じた。

「それは私も同じよ、特に私たちみたいな環境じゃ仕方ないわね」


胡桃が茶化すように言う。

「でも、一花はかわいいんだから、休日に東京でスカウトされたりしてないの?」


一花は驚いたように笑う。

「何言ってるのよ!そんなこと、あるわけないじゃない。胡桃の方がよっぽどチャンス

 ありそうじゃない?」


二人は笑いながら、1年生の頃の厳しい訓練を思い出す。


「1年の時の訓練は、本当にきつかったよね」と胡桃が思い返す。


一花も同意する。

「うん、私も体力には自信があったけど、男子との違いを思い知らされたよ。

 彼らは本当に強いんだから」


防衛大では、女子も男子と同じ厳しい訓練を受けることが求められていた。

彼女たちは、軍事の世界においても一切の甘えを許されなかった。


胡桃が少し笑いを交えて言う。

「一花は真面目だから、私はしばらくしてから甘えたふりして何とかやり過ごしてたけど」


一花は感慨深げに続ける。

「男子でも、訓練や上級生との折り合いがつかなくて辞めていく人が多かったもんね」


朝の支度を終えた二人は、教室へ向かう準備を始める。


一花がふと忘れ物に気づく。「あ、ちょっと寝室に忘れ物。先に行ってて」


「わかった、先に行ってるね」と、胡桃は軽やかに答えて部屋を出た。


一花は寝室に戻り、慌てて忘れ物を探し始めた。しかし、突然、部屋全体が歪むような感覚に襲われた。

目の前の光景が揺らぎ、足元が不安定になる。


「え?何これ、目眩?」一花は動揺し、壁に手をついて体勢を整えようとする。


その瞬間、どこからともなく、低く囁くような声が耳に届いた。


「……君には教訓を授けよう……そしてもっと自信をつけることだ……」


一花は恐怖に怯え、周囲を見回すが、誰もいない。「誰?誰なの?何が起きてるの?」


しかし、声は次第に遠ざかり、一花の意識は徐々に薄れていった。

そして、彼女はそのまま意識を失い、静かに倒れ込んだ――。


防衛大学校の朝はいつもと変わらない。冷たい空気が校舎を包み込み、学生たちはそれぞれの

ルーチンに従って行動していた。

生徒たちは日々の訓練と講義に追われながらも、年末が近づく中で、少しずつ気が緩む

瞬間も見せていた。

同じ大学校の学生寮では、4年生の渋野忠和しぶのたたかず岡本晃司おかもとこうじ

朝の準備をしていた。


「よう、おはよう、晃司」と、忠和が声をかける。


「おう、おはようさん、忠和」と、晃司が振り返る。


彼らは4年生でルームメイトだ。性格は対照的ながらも、互いに信頼し合い、日々を共に過ごしてきた。

忠和は几帳面で理論的な思考を持つ一方、晃司はどちらかというと感覚的で、少し大雑把なところが

ある。

しかし、そんな違いも、彼らの友情にとっては障害にはならなかった。


忠和はベッドの上でストレッチをしながら、ふと晃司に問いかけた。「どうだ?任官するつもりか?」


晃司は天井を見つめながら、少し考え込むように返答する。

「うーん、任官拒否する奴はもう決めてるんやろなあ。俺もそろそろ決めなきゃあかんけどな」


忠和は少し驚きながらも、冷静に言葉を続けた。

「お前、得手不得手がはっきりしてるけど、結構切れ者だろ?任官しないと、

 もったいないんじゃないか?」


晃司は苦笑いを浮かべる。

「いやいや、優秀なやつなんて腐るほどおるやろ?お前だって、その中の一人やんけ、忠和。

 まあ、防衛省に残るか、民間に行くか、どっちにしろ早めに決めんと就職浪人になりそうやなあ。

 けど、大手企業はもう無理かもしれんし、防衛かあ…」


晃司は、中肉中背で好男子。関西出身の彼は、いつも軽妙な関西弁を話し、

同級生たちにも親しまれていた。

一方の忠和は晃司より少し背が高く、細身で冷静沈着な性格だった。

二人の外見や性格は対照的だったが、不思議と気が合う友人同士であった。


「お前、持久力の訓練でへろへろになってたじゃないか」と、忠和が冗談交じりに笑う。


「そりゃそうや、瞬発力なら自信あるけど、持久力はもう勘弁や」と

晃司は笑いながら応じる。

「瞬発力の白筋と持久力の赤筋の比率とか、遺伝的に決まっとるんやろ?まあそれより、

 せっかくなら大手企業行きたいな。

 でも、それももう難しいか。

 新聞社に就職してジャーナリストになるのも面白そうやけどな」


晃司は幼い頃から軍人を目指していた。しかし、日本には軍隊がなく、

自衛隊しかないことを知って少しがっかりした経験がある。

戦後のGHQによる占領政策、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)の

影響を知り、日本が二度と戦争を起こさないようにするための政策が自分の祖国に

施されていたことを学んだ。

その事実を知ったとき、晃司は複雑な思いを抱いたが、それでもなお軍人になる夢は捨てきれなかった。


だが今、任官か民間企業かの選択に迷いを抱えていた。


「仕事だぜ、興味があるとかないとか言ってる場合じゃないだろ?」

忠和が真剣な表情で続ける。

「お前、この4年間、これだけのことをやってきたんだ。任官するのが一番得策だぜ。

 俺なら、迷わず任官して、出世を目指すけどな」


晃司は、軽く肩をすくめて笑う。

「まあ、そうやな。佐官まで頑張って、防大の教官になるってのも悪くないかもな」


忠和は、少し笑いながら

「それなら頑張ってみろよ。お前の知略を使って、それなりの地位に登ることもできるはずだ」


「まあ、ええわ。もうすぐ連休やし、その間にゆっくり考えるさ」と、晃司は肩の力を抜いて答えた。


忠和がベッドから降り、準備を進める。「そういや、連休は帰省するだろ?」


晃司も頷く。

「もちろん。年越しは実家で過ごす予定や。旧友とも会うし、爺さんの将棋の相手もせなあかんからな」


忠和は軽く笑った。「お前の爺さん、ネットで将棋はできないのか?」


晃司は苦笑いを浮かべる。「ネットは使えるようになったけど、画面が小さいとか操作がどうとかで、

             結局リアルでやりたいらしいわ」


忠和も笑いをこらえながら、「まあ、爺さんにとってはそのほうがいいのかもな。

              俺も、年越しは実家で過ごすけど、泊りがけの予定はないな」


晃司は帽子を探しながら、「おう、さてと、帽子は寝室に置いてあったっけ?」

とつぶやき、寝室に向かった。


だが、その瞬間、何かが狂い始めた。視界が歪み、まるで部屋全体が揺れているかのようだった。

晃司は、立っていられなくなり、膝をついた。


「なんやこれ、目が回る…」


そして、どこからともなく、奇妙な声が響いた。


「……君には試練を与えよう……そして使命を果たすことだ……」


晃司は驚き、周囲を見渡した。「誰や?使命って何のことや?」


声は次第に遠ざかり、意識が朦朧としていく。晃司は、ふらつきながらも立とうとしたが、

そのまま力尽き、意識を失った――。


次第に明らかになる運命の歯車は、静かに二人を導こうとしていた。

それぞれが直面する「試練」と「使命」は、まだ彼らの知らない未来に繋がっていく。

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