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その名を呼ぶを許される奇跡

「すみません、遅くなってしまいましたか?」

 終業後のホームルームが長引いたせいで競歩で教室から生徒会室へと訪れると、先輩は見覚えのある児童書を読んでいた。

 旭の姿を見た先輩は本に栞を挟んで閉じた。

「いいえ、大丈夫ですよ」

「よかった……。月岡先輩、その本お好きなんですか?」

「ええ。この作者のファンです」

「その本書いたの、わたしのお父さんなんですよ」

「ええ?」

 先輩はぐるりとこちらを向いた。

「嘘をついているんじゃないでしょうね」

「こんなハイリスク・ローリターンな嘘つきませんよ」

「……こんな偶然が……」

「サインとかいりますか? お願いしたらくれると思いますよ」

「ちょっと悩ませてください」

 悩むようなことなのだろうか、と思いながら旭と静夜は業務を開始した。

 その日の作業は少し遅い時間までかかった。

「送ります」

「え、大丈夫ですよ」

 先輩にご足労かけるわけには、と思った旭に、静夜は厳かに口を開いた。

「すみません、口実です。送ったついでにあなたのお父さんにサインを頂きに行きたいんです」

「なるほど。起きてるかなあ……。お父さん、昼夜逆転生活を送ってるのでもしかしたら起きてないかもしれませんが、それで良ければ」

「もし起きていなかったらまた明日送ります」

 父よ眠っていろ。


 帰る途中で、旭は少し前を歩く静夜の手にばかり集中していた。繋ぎたい。無理だけど。ああ、ただ一緒に歩いているだけなのにどうしてこうも幸せな気分になるんだろう。家まで二キロくらいあったらいいのに。


 帰宅すると、残念ながら父は起きていた。出迎えてくれた父に先輩を紹介する。

「お父さん、こちらがわたしの先輩の月岡静夜さん。お父さんのファンなんだって。サイン書いてくれる?」

「はじめまして、月岡と申します。いきなり押しかけてすみません」

「わあ、嬉しいな。ありがとう。何に書いたらいいかな?」

「この本にお願いします」

 静夜さんは今日読んでいた本を差し出した。


 玄関で先輩を見送る。

「それじゃあ三峰さん、また明日」

「はい」

 思い切って名字ではなく名前を呼んだ。

「はい、静夜さん、また明日」

 わたしの名前呼びには特に否定的な反応をせず、ペコリと一礼して静夜は去っていった。距離が縮まった気がして幸せだった。

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