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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Synchronicity(){ var files=
5/40

scene(2,Ⅰ). getFilesByName("ヘレン");

 下層階の廃棄口内を通りぬけ、地表に向かって落ちていく。その間、【塔】の土台となっている過去の建築を眺める事ができ、クロエは内心感動を覚えていた。

 

 空中都市エルゼノアは、かつての世界大戦以降、建築物の上に増築を繰り返して形成されている。下層階の生活圏より低高度での活動は認められていないため、滅多にお目にかかれない。かなり貴重な体験だ。


(……あ、見入っちまった。 そろそろいいかな)

 クロエははっとした。頭が下になった体勢のままだが、腕の中で抱える力を少しゆるめる。赤眼の女性の肩を支え、互いの顔が見合うような格好になった。


「死ぬの、もうやめよーぜ。オレはあんたに死んでほしくねェよ。だから戻ろ?」

 やや哀しそうな笑みを浮かべてクロエが言った。赤眼の女性は相変わらず呆然とした表情のままだが、少しだけ驚いたように目が見開いている。


 頭が下になった姿勢のままだが、クロエは脚部のブーツの操作に取り掛かる。エアブーツの起動操作は、実肉体の代わりを務める換装身体パーボディに内部搭載されている、エルドリウムという力を介して行われる。

 エルドリウムは扱いやすく万能な動力で、【塔】ではポピュラーなエネルギー源だが、膨大な熱量を持っている。空中都市形成や三次視像(エルグラム)技術を可能にした力だ。エルドリウムには思考する事で干渉できる。頭の中で命令を飛ばすと、換装身体からブーツにエルドリウムが通って反応し、動き出すという仕組みだ。


 クロエは何時ものように、ブーツの内燃機関を稼働させようと命令したのだが、思わぬ事態に見舞われた。


(……あれ? ブーツが起動……しねーな)


 何度かやり方を換えながら試したが、反応しない。起動エラーは本当に滅多に起こらない筈、なのだが。


(……マジかよ。今ですか)


 クロエの顔が蒼白になる。赤眼の女性とともに廃棄口へと落ちはしたが、別に死ぬつもりはない。最終的には浮上して救ってやるつもりだった。

 ところがそれを可能にするためのエアブーツが故障した。このままでは猛毒に侵された大地に、真っ逆さまである。


「お嬢! まずいぜ、ブーツが動かない!」

「……」

 クロエはエアブーツを直接触って緊急用の操作盤を開き、何とか動かそうとする。

そのさまを赤眼の女性はじっと見つめているが、この状況でも相変わらず無言で、感情の機敏らしきものは見えない。

「動け、コラ! 頼むぜ相棒~‼︎」

 祈るように叫びながら、ブーツを起動しようとガチャガチャという音を立てる。そのとき赤眼の女性が、思わぬことを口にした。


「……もう、床が見えた」

「床⁉︎」

 彼女の言葉に驚いて、クロエは下方へ視線を向けた。そこには確かに、三次視像(エルグラム)濃霧(スモグ)とは違う、物理的な鉄の床が見えていた。しかも真下部分は水槽のようになっていて、怪しげな液体が貯水されている。このまま落ちればあのプールに着水することになる。


「な、何でこんな所に、床……いや、地表は? どうなってやがる‼︎」

 目の前の異様な状況にクロエは狼狽えつつも、操作盤を弄り続ける。すると、エアブーツが反重力噴射とともに、騒々しく鳴いた。

「! しめた!」

 一度でも動き出せば、後はエルドリウムでいい。素早く操作を切り替え、通常の起動操作を省略して内燃機関を噴いた。赤眼の女性を抱えなおし、ふたりは床に着地する手前で浮き上がり、宙への浮上に成功する。


 だが、あまりに急なことで、流石のクロエも正確な操縦は出来なかった。

床への衝突を回避するため、まっすぐ上に飛ぶのではなく、斜め急角度へと急発進したのだ。急速に飛びあがって、その先に佇む建物の窓へと突撃する。

結果、窓は割れ、ふたりは窓の向こうの部屋に落ちて転がった。


「いでぇ!」

「……!」

 転がりながら悲鳴をあげる。直接の落下は避けられたとはいえ、窓を割った衝撃を身に受けた。クロエは強くぶつけた肩を抑えて唸り、赤眼の女性も一緒に投げ出され床に転がる。


「って~……何だここ? 研究……施設?」

 クロエは肩を擦りながら、周囲をきょろきょろと視線を向ける。部屋全体が暗くて見にくいが、研究用らしき機器やタブレットが多く設置されているようだ。上層階にある、軍部の研究施設に似ている気がする。それにしても下層階のさらに下に、こんな研究施設があるなんて聞いたことがない。



 その時、傍らで倒れていた赤眼の女性が突如、すっくと立ちあがった。



「……え?」

 クロエが驚いて声を上げると、女性はくるりとこちらを振り向く。その表情はこれまでと違い、ひどく強気で厳格で──怒りに燃えていた。



「アンタ!」

「はいッ!」

 今までほとんど覇気がなかった赤眼の女性が、クロエを叱るように鋭く声を発した。あまりの迫力にクロエは肩が強張ったし、軍人のような返事をしてしまった。


「誰か知らないけど、何で私と一緒にいるの。ここはどこよ。あいつらは?」

「は……?」


 これまでの道中に起きた出来事や、クロエの存在を知らないかのように、そう言い放った。まるでどこかを境に、全く違う人間に塗り替わったようだった。


「は? じゃないわよ。まあいいわ」

 女性は吐き捨てるように言うと、クロエに対して背を向けてカツカツと歩いて行く。迷いなく歩いて行く彼女の行く先に、自動扉が見えた。


「ちょ……お嬢、待てって!」

 クロエは今、投げ付けられた言葉の衝撃に固まったままだったが、どうにか立ち上がる。一方の赤眼の女性は扉を既に開いていたが、その呼びかけに立ち止まって顔を顰めた。


「お嬢? 何、その呼び方、気持ち悪いわね。私はヘレンよ」

 呆れた顔でそう名乗ると、扉を出てさっさと通路に進んでいってしまう。


「ヘレン……」


 クロエは、呆然とその名を繰り返した。ほんの数秒立ち止まったが、クロエはヘレンが一人で出て行ってしまった事を再認識して、慌ててその後を追った。


【用語解説】

・エルドリウム:エルゼノアや【塔】で主に使われているエネルギー。エアブーツや三次視像などの技術を可能にした。思考することで干渉できる。

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