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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Synchronicity(){ var files=
4/40

scene(1,Ⅳ);

「金っていやぁさ、また税が上がるらしいぜ」

 少佐は煙草を灰皿に擦り付けながら喋った。

「ええ? 今度は何税よ? 上層階のやつら、あれだけ贅沢に暮らしておいてまだ足りないのかしらね?」

「下層階が貧しくなればなるほど、逆らわれる可能性も無くなるし、安心できますよってことだろ」

「か~くっだらない。総督さまにいつかお会いできたら、まず、こうよね!」

「ちょっ待っ! マズイって!」

 ママは片手の中指を立てて示そうとしたので、クロエが苦笑しながら止めに入る。


 総督というのは、このエルゼノアと軍部の最高管理者だ。かつての世界大戦でエルゼノアを勝利に導いた英雄だが、その権威を笠に着て、以降600年に渡り独裁政権を保っている。

 超格差社会を生み出した張本人で、いまなお重税を課している彼は、下層階の人々からは蛇蝎のごとく忌み嫌われている。ちなみに税金の使い道は、大体が上層階の設備に注がれているというザマだ。


「まったく、200年前にちょこっと出てきた技術責任者(オフィサ)ってのはどこ行ったのかしらね? 総督を止めてくれると思って期待したのに」

「【塔】とか三次視像の発明者だろ。まだ生きてんのかね?」

 少佐が肩をすくませ、咥えた煙草の煙を吐いた。技術責任者は、今のエルゼノアに関するほとんどの技術を開発したと言われているが、ここ数百年は姿を見せていない。大方、軍部に不都合があって殺されたか何かだろう、と噂されていた。


 少佐とママが根も葉もない話で笑い声を立てているなか、クロエがふと赤眼の女性の様子を見ると、席に置いておいた飲みものは少し減っていた。これまで彼女は何も口にしなかったので、クロエの胸には俄かに安堵が広がる。

「あ~、お嬢。何か軽く食べる? 粥ものとか頼もうか?」

 赤眼の女性は相変わらず無言だったが、控えめに首を横へと振った。そっか、と零したところを、ママが興味深そうに見つめていた。


「しかし、『自殺病』の人を助けて匿うなんてさ……アンタらしくないわよね」

「えっ、そう?」

 思ってもいない評価をもらってクロエは心底驚いたが、その反応にママはけらけら笑った。

「アンタって世話焼きだし、誰のことでも助けようとするお人好しのくせして、オフになるたび、いつも違う相手を連れてるロクデナシだけどさ」

「うぐっ」

 ママの言葉がグサグサと心に刺さる。すべて真実だ。困っている人を放っておけない方だし、しょっちゅう遊びにかまけているのも自覚はしている。


「それでも大それたことはしないでしょ。わざわざ権力者に盾突いたりはしない。『自殺病』だって、どちらかといえば罹患者が落ちてく姿を見ながら、自分を責めてる印象よ」


 クロエは核心を言い当てられた気がして、つい黙ってしまった。その通りだ。レーサーとして終始していれば満足だった。それ以上を望んでいないし、自分に何かを変えられるとは思えなかった。

 だがクロエにとっては、情けない部分を暴かれる事は何としても避けたい事柄だった。その場しのぎの軽口でいい、何か言わないと、と思っていたところで、横槍。


「惚れたろ」

「はあッ⁉」

 少佐が言ってやったみたいな顔で言ってきて、クロエは素っ頓狂な声を上げた。その方向は考えてなかった。思わず赤眼の女性の方を振り向く。ぼうっとしている。

「エアライナーバカの初恋だぜ」

「あら、いいじゃない。真面目に守ってあげなさいよお」

「あぁ? う~ん……」

 指摘されてみると真正面から否定もできず、言葉に詰まってしまう。そんなクロエの困り顔を笑い草にして、少佐とママが飲んでいた。



 しばらく飲んだ後にバーを出て、クロエと赤眼の女性はロストラの中央通りを歩いていた。下層階は【塔】人口の7割が居住していることもあり、常に混雑している。逸れないようにと、赤眼の女性の手を引いて歩いた。


「足元気を付けろよ。さぁて何処に居ようかね……」

 クロエがぼやいていると、派手な見た目の集団が向かい側から歩いてきて、わっと騒いだ。布面積がやたら小さく、素肌を主張するような服を身に着けている。

「クロエ〜! その子誰? 綺麗なひと~彼女っ!?」

「ちがいます〜! 迷い人!」

「なんだ~! じゃまた今度、遊びに来て~!」

「はいは~い」

 集団を適当にあしらう。手を振ってやると、ワイワイと甲高い声をあげながら歩き去っていく。


「……」

 赤眼の女性がこちらをじっと見つめていることに気付き、クロエはたじろいだ。

「な、なんだ? ただの知り合いだよ。」

 責められているような気がした。バーでママに私生活を暴露されたのは痛手だったな。すると今度は別の知り合いと出くわした。スーツを着た知人の男が、引き摺るようにしてぐったりとした男性を運んでいた。

「うわっ! その人やばいな。手伝うか?」

「おー、助かるぜ、クロエ。飲まされすぎて換装身体の許容量超えちゃったの」

「最悪な客だなそれー。お嬢ごめん、ちょっと寄り道するわ!」

 一応確認すると、赤眼の女性はこくん、と頷いて付いてきてくれた。肩を貸してやって、せーの、と息を合わせてゆっくりと運んだ。




 下層階の病院は数が少ないので、距離があったがどうにか男性を運び終えた。一息ついたころに、赤眼の女性を見失った事に気付いた。

「あれ、どこ行った?」

 きょろきょろと辺りを見回すが姿が見当たらない。病院までは確かに付いて来ていた事を確認していたはずなのに。知人の男に簡単に別れを告げて、クロエは走り出した。来ていた道を逆戻りして探していると、先ほど出会った女性たちと再会した。


「あ! クロエ~、さっきの女の子どうしたの~? 廃棄場近くにいたけど、ケンカでもした?」

「えっ、マジか。めっちゃ助かったわ、ありがと!」

 思わぬ情報を得た。走りながらさっと手を挙げて礼を告げる。


(廃棄場近く? どうしてあんな所に……まさか……)


 嫌な予感がした。クロエは大通り沿いに建つモールに入る。今日はすでに閉店している建物の階段を駆け抜け、屋上への扉を思い切り蹴破って開くと、背中のエアブーツを外して放った。

 空中に飛び上がってブーツを装着し、彼はそのままロストラの空へ飛び立つ。宙を飛ぶ有名選手を見つけて歓声を上げる人々もいたが、手を振り返してやる余裕もなさそうだ。ブーツを加速させて急ぐ。彼としては最も避けたい決着に向かって、赤眼の女性は進んでいた。



 赤眼の女性が辿り着いた廃棄場。すべての層の中心にぽっかり空いた円状の施設だ。それは地上へと繋がる穴のようになっており、住民たちは分解不能な物質や、使い古された資源、亡くなった人をここから落として見送る。

 もしも生きた人間が落ちてしまえば、着地までの高さは勿論、地上は兵器汚染による濃霧(スモグ)で覆われている。確実に死を迎えるだろう。


 廃棄場全体に安全のため高いフェンスを張られているが、赤眼の女性はどうとも思わない様子で、フェンスをよじ登る。頂上からいよいよ廃棄口へと踏み出そうとしている場面で、クロエは廃棄場上空に到着した。エアブーツは相当な速さを保っていたが、彼女が飛び立つ──その決断を止めるまでには、間に合いそうになかった。


「……そこまでか? そこまでして、どうしても死にたいのか」

 どこへともなく呟く。廃棄口の際に立ち、地上に至るまでの道筋をぼうっと眺めていた赤眼の女性が、ゆらり、と傾いて落ちていく。


「そんなに死にたいってんなら……オレも一緒に行ってやるよ! お嬢さん!」

 クロエは落ちていく女性の身体を抱えると、エアブーツの噴射駆動を停止する。金髪の空の申し子は、謎めいた赤眼の美女とともに、汚れた大地へとその身を落としていった。


【用語解説】

・軍部:正式名称はエルゼノア国軍当局。世界大戦時に権力を握ったまま、現在まで軍事政権を続けている。

・スクラトフ総督:軍部トップ。エルゼノアを救った英雄であるとともに、下層階を苦しめる元凶。

・廃棄場:各層の中心にある穴のような施設。地上に繋がっており、ごみや資源をここから廃棄する。

濃霧スモグ:地表を覆う大気。兵器汚染で毒素を多く含んでいる。

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