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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Identity(){ var files=
38/40

scene(10,Ⅱ); 

 ヘレンとスクラトフは睨みあう。互いにいつでも殴りかかれる姿勢で、じり、じりと迫る一方、一定の距離を保ったまま様子を伺う。


「貴様は……I№.0830777。ニヴェルネ大尉か。人体強制睡眠保管(クリオスリープ)の被験体になった筈ではなかったか?」

「そいつはもう居ないわ。お陰様で()()()()()の」

 ヘレンの言葉にスクラトフは怪訝そうな顔をするだけだ。彼女なりの皮肉だった。だが、その話で何かを思いついたようにスクラトフは笑い、話を続けた。


「そういえば、家族ともども被験体になったのだったな。両親は人体強制睡眠保管(クリオスリープ)明けでも生き返らず、姉は途中で目覚めたが『自殺病』の餌食。そして貴様はここで地面に這いつくばるという訳だ」

 分かりやすい挑発だった。エルドリウムを使って、思念通話を通して過去の登録データか何かを参照したのかもしれない。

 感情的で喧嘩早い。家族が傷つくことが耐えられない。確かにこれまでのヘレンであったなら、我慢できずに殴りかかって隙を見せたかもしれない。


「お断りよ。私の死に方は私が決めるわ」

 ヘレンは冷静に切り返した。確かに家族は失ったが、いまはもう1人ではない。スクラトフの方は予想と違う反応があったことに、少し意外そうにした。すると、笑って──過剰な延命処理の代償として、顔表面の皮膚が半崩壊させながら──飛びかかって来た。

 右拳での打撃と見えたが、その手の中に拳銃が握られている。フェイクだ。ヘレンは咄嗟に身を捻って躱したが、腕を銃弾が数発掠めた。拳銃をがっしりと掴んでから、左頬に1発お見舞いした。相変わらず硬質で手ごたえはないが、青痣は広がってスクラトフも不快そうに顔を顰めた。


 するとスクラトフは拳銃を掴んでいる手をさらに上から握りしめ、そこを基点に振り回すようにして、ヘレンの身体を放り投げてきた。軍用種体(ぐんようしゅ)の換装身体であるはずが、いとも簡単に投げ出されてしまう。空中で受け身を取ろうとしている最中、先ほどの拳銃が再びこちらを狙ってきた。発砲の瞬間にサティが割って入って、銃弾を斬り伏せる。再び距離が開き、睨みあう形になった。


「ヘレン様、どうしますか? 僕の剣は……信じがたいですが、あの身体に通用しません」

「分かってる。悪いけど支援に回ってくれると助かるわ。左頬、さっきは内部までめり込みそうな感触があった。何度か打ち込めば貫けるかも」

 視線はスクラトフの方を向いたまま、小声でやり取りする。油断はできないが、隙を見つければ可能性はある。




「……うっ、ゲホッ! ゴホッ! はぁ、はぁ……」

 ヘレンとサティの背後、遠方で倒れていたクロエが咳き込んでいた。意識を取り戻したはいいが、さきほど喰らった痛手で腹部が圧迫されて息が苦しかった。吐血も、骨が折れていそうな痛みもある。視界がぐらつくのを何とか落ち着かせようとしているうち、先刻は豆粒大で見えていた統合参謀本部内の戦闘が、近くで行われている事に気付く。かなりの距離を飛ばされたらしい。


 周囲には両勢力の兵士や構成員が、死体となって転がっていた。早く終わらせなくては、無駄な人死にが増える。下唇を噛んで無理やり意識を保とうとする。さっさと起き上がって戦わなければ。そうやって抗っているうち、ノフィアの構成員の亡骸に目がいく。頭脳部に挿さったディスク。せっかく生き残ったのに、あいつらも飽きないな。戦場だから当然か。

 だがひとつ、脳裏に浮かんだ考えがあった。クロエは軋む身体を引き摺って、ノフィア構成員の亡骸の近くまで這って行く。




 ヘレンは再度仕掛けた。スクラトフの懐まで入り込み、腹部目掛けて拳を放つ。しかし片手で受け止められ、残る方の拳を顔面にもらう。頭が揺らされて、一瞬意識が途切れそうになる。


「ヘレン様!」

 サティは剣を横に倒して両手で持ち、剣先を下に突き刺すようにして、横顔を狙って飛び込んだ。スクラトフに剣刃を掴まえると勢いを殺され、ぎゃりぎゃりと音を立てながら、完全に握りこまれた。すかさず飛んできた蹴りがサティの脇腹に入り、小さな身体が地面に転がった。奪いとった剣には興味がないのか、棄てられて、がらがら、と音を鳴らした。その間に何とか気を取り戻したヘレンが、頭を狙って背後から襲い掛かる。


「そう何度も、思い通りにはさせん」

 スクラトフは嘲笑う。振り返りながら身体を捻り、ヘレンの攻撃をひょいと躱す。差し違うようにしてスクラトフの拳がヘレンの腹部に入る。ヘレンは大きく血を吐きながら飛ばされ、どさり、と仰向けの体勢で落ちた。


「ふん……」

 スクラトフは立てないでいる2人を交互に見下ろしてから、ヘレンのもとへ近づこうと足を踏み出す。靴を降ろそうとした位置のすぐ先に、銃弾が1発撃ち込まれた。弾丸が飛んできた方角に目を向けると、クロエが拳銃を構えたまま立っている。


「……オレとも殴り合いしようか、総督サマ?」


 顔の横で中指を立てながら、クロエは意地悪く笑った。

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