scene(9,Ⅲ)
スクラトフは、怒りから顔を火のようにほてらせて、管理司令部に向かっていた。先ほどの【塔】システム停止。やむなく霊粒子支配を解くことになったが、SARPの影響で軍部全体にも相当なダメージを受けた。このような芸当ができる人物は、1人しかいない。
「ユリアス‼︎」
人工魂型人造生命体に守られながら、ボスとともに管理司令部から逃れようとする背中に、噛みつかんばかりに叫ぶ。ヴァンテはびくり、と固まったあとに、ゆっくりと振り返った。
「総督殿……。久しいな」
ヴァンテはぎこちない笑顔を見せた。因縁の関係であり、今、まさに打倒したいと考えている相手。思わぬ形での対面となった。
「お前は愚かだな、250年もあっていまだに分かっていなかったのか? 私に敵うはずがないと……!」
スクラトフはそう言うと、連れてきた兵を呼ぶ。すると、兵たちに突き出されるようにして現れたのは、サティだった。
「サティ!」
「この人工魂型人造生命体は失敗作だな。ちょこまかと目障りだったが、人死にを避けようとしていた。兵士を一人ずつ見せしめにしてやったら、大人しくなったぞ」
「……自分の部下を? 相変わらず外道な……」
スクラトフは得意そうに笑っている。この男はいつだってそうだ。自分さえ有利にことが運べば、他の人間はどうでもいい人間。ヴァンテは下唇を噛む。サティには大きな怪我はなさそうだが、兵士に銃を向けられている。経緯を黙って見守っていたボスが、背後で護衛たちに何か囁いている。ヘリを呼ぶつもりかもしれない。
だがその時、思わぬことが起きた。彼らが相対していた管制室前通路の窓が──総督スクラトフのすぐ横の窓が割れ、硝子の破片が顔や腕の皮膚を切りながら弾け飛んでいった。
「思いっきり行けぇ‼︎」
「おらぁあああっ!」
硝子の向こうから現れた敵対者をスクラトフが認めるより先に、ヘレンの拳が左頬に打ち込まれた。スクラトフの身体は衝撃で吹っ飛び、反対側の窓を割って投げ出された。
「サティっ‼︎」
ヘレンを背負いながら、通路を横切って飛んでいくクロエが片腕をサティに向かって差し出す。サティはすかさず飛び上がってクロエの腕を掴んだ。スクラトフが割って飛び出していった先、広大な演習場の上空に、クロエ達は逃れる。
このまま空から退避しようとしたが、腕の先に掴まったサティが、下方を見て驚愕していた。クロエがその視線を追うと、どのようにしてか不明だが、殴り飛ばされたスクラトフがサティの脚を掴み、ぶら下がっている。
「てめっ……!」
総督スクラトフはにやりと笑い、さらにサティの脚を抱えて引っ張りこもうとする。加重に耐えきれず、クロエ達は演習場に向かって落ちていく。
クロエはいったんサティの腕を離すと、背から離れて空中にいたヘレンを引っ張りながら加速する。ヘレンはクロエに引っ張られながら、格納庫から拝借した自動小銃を構えて、スクラトフ目掛けて発砲した。銃弾は命中したが、カンカン、という硬さのある音が反響する。スクラトフの身体は生身でも、換装身体でもない。銃の衝撃でスクラトフがサティから離されると、クロエがすかさずサティの身体を掴み取った。
演習場に敷かれた土の上にクロエ達がゆっくりと降り立つ。スクラトフも遅れて前方に落ちてきた。落下したというよりは、地面を砕きながらも二本足を地につけて着地した、という格好だ。衝撃を受け止めるため両膝を直角に曲げたガニ股で立ち、それからゆっくりと立位を正した。遥か上空から落ちたにも関わらず、その身体には大してダメージが見られない。
「滅茶苦茶だろ……」
浮いたままのクロエが呟いた。総督スクラトフ。先ほど殴った時か、爆風のせいか、常に固められている黒髪はやや乱れており、着ている軍服の脚部分が破けている。そこから、機械仕掛けの義足が見えた。
「ボスが言ってた、ノフィアのヤツと同じね。機械の身体だわ」
ヘレンは自動小銃を再装填する。臆する様子は全くない。
「……彼は味方さえも犠牲にする人物です、ここで引き留めておけるならその方が良い」
サティはじっと睨みを利かせる。それでも、顔には疲れが見えていた。無理もない。クロエは背中を擦ってやりながら、前方に立つバケモノ──総督を見据えた。
「逃げろ! そいつは危険だ!」
ヴァンテが遥か上方、管理司令部から叫んでいたが、その声は背後から現れた飛行輸送機に掻き消された。兵士たちに向かって輸送機からの機銃が撃ち込まれる。人工魂型人造生命体たちが向かって行く。兵士達が応戦する。あっという間に混戦になった。
「おい何やってんだ! いったん退け!」
ボスがヴァンテの背中側の衿を掴んで、無理やり引っ張る。護衛たちも後からやってきて、ヴァンテを引き摺っていく。
「くそっ!」
苦々しく言い棄てたあと、ボスたちに従って撤退する。人工魂型人造生命体たちやロボットを向かわせたいが、逆に足止めを喰らっている。ままならない状況に、ヴァンテは歯噛みした。




