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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Identity(){ var files=
35/40

scene(9,Ⅱ); 

 【塔】システムが止まっている間に降ったSARP(サープ)は、上層階の市街と戦闘ロボット達にも被害を与えていた。SARPが機体内に滑り込んで動かなくなったロボット達は、項垂れるようにして立ち尽くしている。

 上層階の住民たちは霊粒子支配(エルドハック)から逃れて、屋内へ逃げている最中だ。市街はSARPによって三次視像が消え、所々が溶かされて破損していた。




「リザ、ヘレン!」

 動ける状態に戻ったクロエは、すぐに2人のもとへ駆け付ける。

「お、幸運だったね!」

 リザは腕をプラプラと振りながら笑った。先ほどの銃撃でいまだ力が入らないようだ。その後ろで、ヘレンがむくりと身体を起こして立ち上がった。


「目が覚めたらしいな、良かったぜ」

 クロエはほっと胸を撫で下ろす。しかしヘレンの方は対照的に、険しい表情を浮かべていた。

「……あー、アタシさ、念のためウチの奴ら見てくるわ! すぐ戻る」

 リザはこの場の空気を読むようにして、そそくさと兵器格納庫の外へ向かっていった。


 残された2人は、しばらく言葉を発さなかった。クロエは物悲しげに微笑む。それを見たヘレンは両の眼が吊り上がり、右半身を大きく振り上げた。


「──……っ」

 しかしヘレンは、湧き上がる激情をぶつけはしなかった。一度は振り上げた掌を、ゆっくりと降ろす。


「……殴らないでくれんの?」

「……その顔……」

「んん?」

「そ・の・顔よ!!」

「へっ⁉︎」

 ヘレンはすごい剣幕で言うと、クロエの眉間をびたりと指差した。突然だったので気圧されるままになった。


「何、『仕方ないね』みたいな顔してんのよ! 理由があってやったことでしょ! そういう自罰的なのは気に食わない!」

「えっ……オレそんな顔、してた?」

「してるわよ!」

 ぴしゃりと言い返され、思わずたじろぐ。


「分かってるわ。私を助けるために、換装身体を除去するために、仕方なく()()()()。けど、私の尊厳を踏みにじったのは変わらないから、大人しく殴られようとしたんでしょ」

「うん。……ごめん、勝手なことして」

「もう、いいわよ。……ありがとう」

 ぶすっとした顔のままそう言われて、どんな顔をすればよいか分からなくなる。ヘレンが言っているのは、リザによる『自殺病』の手術前にした口づけについてだ。気恥ずかしさが先に立って、目が泳いだ。



「彼女の言う通りだぞ、この気取り屋」

「きどっ……って少佐!」

 そこへ現れたのは、無骨な狙撃銃2丁を背負ったベルヌーイ少佐。いつもは開けっ広げているくたびれた軍服をちゃんと締めている。リザも一緒だった。


「昨日、下層階でお前を撃ったの、俺だって分かってたんだろ?のくせして、さっきと同じ顔したんだぜ、コイツは。ほんっと、ガックリしたぜ」

 こちらへ歩み寄りながら、少佐が呆れ果てたという様子で言ってくる。

「え、な、何が?」

「だからさあ、裏切ったんだぜ! 憤って、俺を恨めよ。どうせ自分は切り捨てられても仕方ないとか考えてたんだろ。そういうのが気に食わねえって言ってんだよ」

 何事にも冷めている少佐にしては珍しく、声を荒げた。何故かヘレンとリザもうんうん、と頷いていて、クロエは逃げ場がない。


「……あのね。俺は、お前が倒れてた時から、下層階での親代わりのつもりで居るの。狙われてたから仕方なく撃ったが……笑顔ってさ。お前にとって俺はそんなもんか?」

「う……」

 クロエは言葉に詰まった。

 少佐はきっと、霊粒子支配(エルドハック)が始まってからクロエを助けに下層階から走って来たのだろう。さっきロボットの頭を打ち抜いた《《狙撃》》もそうだ。戦闘ロボットを一撃で静める銃を持っている知り合いなんて、少佐以外に心当たりがない。


「……少佐、ごめん。悪かったよ。そんなに大事に考えてくれてたんだな」

「ったりめぇだろ」

 ベルヌーイが疲れた、と言いたげに肩をすくめる。この戦いが始まってから、もしくはヘレンと出会ってから、もう何回も怒られている気がする。無力で、何も出来ずにいた自分が立っていられるのは、皆のお陰だ。怒ってくれる人が居ることを心強く感じた。


「さて、このあとはどうする? クロエ()

 リザがニヤニヤと軽口交じりに聞いてくる。


「サティが総督を引っ張ってるはずなんだ、助けにいってやらねえと。……で、オレが運べそうなのは1人くらいなもんで……」

「私が行くわ」

 誰が行くか、という話に入る前に、当然という口調でヘレンが言った。格納庫内の装備を勝手に身に着け、軍人らしい装いになっている。実際、銃弾行き交う中に換装身体でない少佐とリザが入っていくのは、危険ではあった。


「じゃあ、アタシはこのイケオジに護ってもらおうかな。宜しく頼んますよ~少佐~!」

「ま、いいけどよ。後から追い付くぜ」

 渋々ではあるが、2人も了承した。


「リザ」

「ん?」

 エアブーツの準備を待っている中、ヘレンがリザに声を掛ける。


「……助けてくれたことには感謝するわ。ただ、あなたの技術が私の家族を死に追いやったことは……許すつもりはないから」

「手厳しいな」

「そうよ。だから後で必ず会いましょう」

 手を差し出したのはヘレンの方からだった。リザは驚いた表情を見せたあと、その手を嬉しそうに両手で覆った。

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