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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Hostility(){ var files=
32/40

scene(8,Ⅱ);

 上層階中央、廃棄場付近。

 ヴァンテは壁面に身体を預け、しな垂れるように腰から上体を折って荒い息をついていた。彼の傍で飛行する二体の戦闘支援ロボットが、搭載されているカメラで周囲を窺っている。


『リュア、ニンフ、周囲の警戒を継続……。フェイ、遷移エレベータの復旧処理』

『了解しました』『復旧処理、敵方の妨害で時間が少々要ります』

『何分くらい?』

『10分程度です』

『10分ね……』

 霊粒子支配(エルドハック)が掛かる前に上層階に到着できたのは幸運だった。上層階と下層階間の遷移エレベータが止められることは予想していたが、操作権を取り戻すのに、案外手こずっている。エレベータが動かなければ、キャンベル達も上層階に上がってこられないだろう。兵士については霊粒子支配(エルドハック)で動けないから、相手をする必要はなくなったはずだ。


 人間の代わりに、軍配下の戦闘ロボットがあちこち見回っている。人工魂型人造生命体(マッドマン)が〈フォロ・ディ・スクラノ〉を襲撃したので警戒レベルが上がったようだ。

 換装身体のために倒れさせられている住人達の姿が、ヴァンテが隠れている建物の陰からも見える。戦闘ロボットが近付いて、何か問答をしている。

「貴方はI№57064556。反逆者と面識はありますか?」

「ち、違う! オレじゃない!」

「発汗量の増加、心拍数変化を確認。返答内容も不適。処分します」

「やっ……!」


 戦闘ロボットは、体幹部から伸びるアームを住人に向け、発砲する。住民の男は地に伏せたまま動かなくなってしまった。

 目の前で起きた冷酷な所業。胸糞悪い心地がした。少しでも怪しいと判断されれば容赦なく射殺される。やはりあの男は、総督は、住民の命などどうでもいい。ただ歯向かう者を殺したいのだ。これまでに奪われた仲間たちの命を思い返して、ぎり、と奥歯が鳴った。


『ディー、変更後ルート出せる?』

『出ます。左方の路地を抜けて直進、突き当たりますのでエリア区分壁沿いに南進してください。廃棄場外周に沿って〈フォロ・ディ・スクラノ〉に抜けられます』

『ありがとう』

 地下に残して来た支援ロボットから思念通話をもらって、ヴァンテとロボットは慎重に進んでいく。


『バンシ、廃墟層戦闘報告です。ノフィア・軍兵生き残りの拘束と制圧完了。被害ごく僅か。研究員被害なし。以上です』

『ご苦労さん。エレベータ復旧次第、他機器と一緒に下層階支援に回って』

『了解しました』

 さきほど明示されたルートを注意深く進みながらも、頭の中では支援ロボットに指示を飛ばし続けている。廃墟層に()()()きた人間の対応は完了したようだ。生き残る者がいたとしても、何十機もの戦闘支援ロボットを配置していたので、負けはしないと予想していた。


『スプリ、ハン、この後に備えてエレベータのエルドリウム確保準備しておいて』

『了解しました』

 路地を抜けてエリア区分壁に到着する。廃棄場沿いに南進。数は少ないが、軍の戦闘ロボットの姿があちこちに見える。

『リュア戦闘待機。ニンフは防壁』『了解』

 支援ロボットが積載装備を動かすときりり、と音が鳴る。しまった、音を立てるなと指示し忘れた。

「──」

 反応はない。どうにか軍ロボットには気づかれずに済んだらしい。ヴァンテは息を殺しながら、ロボット達の合間を縫って潜り抜けて行く。


 廃棄場まではなんとかたどり着けたが、当然ながら〈フォロ・ディ・スクラノ〉に近付くほど警戒も厳重になっていく。

『敵性反応感知』

 身を低くして進んでいたヴァンテ達は、ついに捕捉された。宙を飛んでいる警戒用ロボットがくるり、と振り向き、ヴァンテ達に向かって機銃を向ける。

『まずい! リュア、ニンフ2機とも防壁を……』

 咄嗟に思念通話で指示を飛ばしたとき、ヴァンテ達へ機銃を向けた()()()()()()()()銃撃に晒され、墜落した。


 呆気にとられるヴァンテ達の背後から、ぶわりと強風が吹きあがって轟音の塊がやって来た。びくっと肩が上がった格好で固まった背中に向かい、声がかかった。


「何を固まってんだよォ! 早く乗りやがれ!」


 聞き覚えのある声に呼ばれて振り返ると、軍部の輸送機が飛行していた。すでに開いている搭乗口の向こうで、ボスが得意げに笑っている。

「輸送機⁉ キャンベル、こんなのどうやって……」

「ウダウダ言うのは後だ! 早く乗りな!」

 彼女の代わりに護衛が手を伸ばす。ヴァンテは走り抜け、支援ロボット二機の助けも借りながら、輸送機に乗り込んだ。


「よし! 〈フォロ・ディ・スクラノ〉の中枢までひとっ飛びするよ!」

 護衛のもう一人の方が運転席でこくり、と頷くと、輸送機が発進する。

「軍部の輸送機……奪ったのか?」

「あっはは、下層階に降りていらっしゃったもんでねぇ! どこかの総督サマのお陰で、墜落してたのを貰っただけさ!」

 キャンベルの笑い声は飛行音に掻き消されたが、大体の意図を察したヴァンテは呆気にとられ、苦笑いを浮かべた。

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