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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
function Empathy(){ var files=
25/40

scene(6,Ⅱ);

 階段から【塔】の外を飛び、上層階のデッキ部へと直接向かう。上層階は三つの地域に区切られており、北が住宅地・南西が商業地・南東が軍部支配地域〈フォロ・ディ・スクラノ〉となっている。

 クロエ達は【塔】近くを吹き付ける強風を身に浴びながら、上層階北東のデッキ部に降り立った。デッキから住宅地エリアへの扉を開いて上層階に入ると、独特の薬品臭が鼻を突く。


「じゃ、行こう。オレの実家はこっちね」

 クロエがふたりを連れていこうとした時、たまたま上層階の住人らしき2人組とすれ違う。


「なあ、あれって換装身体偏愛主義者(アガラートフィリア)の……」

「I№が36705606だからそうよね。どんな顔して戻って……」


 住民たちの陰口が耳に入った途端、クロエの肩がびくり、と上がった。気にしない様にしなければ、と思っても、心と身体は勝手に悪い方へと動いてしまう。当時から換装身体だったはずなのに、未だに強いトラウマとなっていたようだ。

 クロエが胸中で自身の心と戦っていたとき、不意にヘレンがズカズカと歩いていって、陰口を言った二人を何の遠慮もなく殴った。2人組は当然悲鳴を上げて狼狽えたが、ヘレンは構わず一喝した。


「うっさいわね! くっだらない事で騒いでんじゃないわよ!」


 有無を言わさぬ態度に恐れをなしたのか、住人たちは殴られた頭を押さえながら尻尾を撒いて逃げて行った。この後の作戦を考えたら黙っていた方が良いんじゃないかとか、そういった損得勘定の余地すらないヘレンの行動。サティまでなぜか笑ってしまっている。だがクロエは正直、溜飲が下がる想いだった。


「…………あ、ええとな。ありがとう」

「何がよ? 当然じゃない。さっさと行くわよ」


 ヘレンはニヤリと笑ってみせると、早足気味に行ってしまう。クロエは恥ずかしいような、誇らしいような気持ちでどぎまぎしながら、後を追った。




 クロエの案内で到着したのは、両親が経営しているという工場だ。ほとんどの工程が自動化されているのか、工場内部にはちらほらと人の姿が見えるだけだった。


「えーと……ただいま」

 物凄く気恥ずかしそうにクロエがそう言った。小声だったにも関わらず、工場奥にいた男性が目敏く気付いたようだった。


「クロエ‼︎」

 男性は大急ぎでクロエの前まで駆け付けると、はた、と立ち止まってから、がばりと抱き締めた。

「お前、よく無事で。心配してたんだぞ……」

「父さん……悪い」

 クロエが父さん、と呼んだ男性。見た目は中年くらいだが声はしゃがれていて、実年齢が離れている事を感じさせた。恐らくは100歳近いだろう。折れんばかりにクロエを抱き締めるその姿からは、どれほど我が子を大事に想っているかが窺い知れた。

「く、クロエ! あなたなの⁉︎」

「母さんまで……おわっ、ちょっ、痛!」

 同じように血相を変えて走って来た女性が、二人の上からさらに抱き着く。久しぶりの両親との再会は熱烈で、クロエは苦笑いする。不器用ながらも暖かく、確かな絆が育まれている家族。そんなクロエ達を見て、ヘレンが寂しそうな笑みを浮かべていた。



「失礼。エリック・アルトワ様、リアンナ・アルトワ様。私は人工魂型人造生命体(マッドマン)13号と申します。主人のユリアスに代わり、御二方にご依頼があり同行いたしました」

「! 技術最高責任者(オフィサ)が……。私たちに?」

 サティがそう声を掛けると、両親はようやくクロエを開放する。当然ながら困惑している様子だ。ふう、と一息つくと、クロエが口を開いた。


「父さん、母さん。聞いてくれ。詳しくはサティから説明してもらうけど、オレはこれから軍部と戦う。ウチの換装身体を10体ほど借りていく。危険だから、巻き込まれないように逃げていてくれ」

「軍部と……何を言ってる?」

「本気なんだ。もしオレ達が負けたら……何も知らないフリをしてくれ。頼む」


 クロエはそう言って頭を下げた。クロエの両親は事情も分からないままで、何と言うべきか迷っているようだった。彼らはいちど頷き合ってから、父親の方が再び正面に向き合う。


「大事な息子を見捨てて、生き永らえられるものか。……生きて帰ってきなさい。とにかく、それだけは守りなさい」


 思わぬ言葉にクロエは目を見開いてから、こくり、と強く頷いた。それからクロエはヘレンの肩を数回つついて、目線で付いてくるように促す。サティはその場に残り、ヴァンテの代行者としてこれまでの経緯と今後についてをクロエの両親に説明し始める。


「アンタ、まさかアルトワ社の子息だとはね。軍部指定の大手換装身体メーカーじゃない。下層階なんかに居たんだから、さぞかし心配だったでしょ」

 工場内を奥へと進んでいくなか、ヘレンは呆れた調子で言った。換装身体の製造は、軍部指定を受けた企業のみ可能だ。需要が大きい製品なので、各社の経営は盤石といえる。


「まーね。月一で手紙はちゃんと出してたよ」

「その換装身体のプリセット、通りで見た事ないわけよね。子煩悩特注(オーダーメイド)か」

「そう言うこと。……お、あったあった」

 クロエは雑な動作で、コンテナ内に重ねられた換装身体の腕を持ち上げ、型番を確認する。


「それが軍用種体(ぐんようしゅ)?」

 ヘレンが尋ねると、クロエは型番を覗き込んだ体勢のままヘレンを振り返り、意地悪く笑った。

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