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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
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14/40

scene(4,Ⅱ);

 ボス所有の高層タワーから、ロストラの空へと飛んだ。ノフィア達はエレベータのあった付近まで追ってきて、建物に空いた穴の()()に立ち、銃を撃ってきた。クロエにとっては空中の方が動きやすく、身体を捻って軌道を変え、銃弾を難なく躱してみせた。少しずつ高度をあげていき、ノフィアも燃えるロストラも遠くなっていく。



「ふぃ~、とりあえず何とかなったか」

 銃撃が届かない距離、下層階の天板付近まで浮上しきったとき、クロエが言った。


「……クロエ様、なぜあのようなことを? 私は護衛として派遣されたのですから、貴方の為に戦うべきです。危険を冒してまで助ける必要はありません」

 脇で抱えられて身動きが取れないまま、13号が申し立てをした。冷静ではあるが、声には不満を抑えているような節があった。


「仰る通りなんだけど、いくら強いっても子供を見捨てられねぇよ。ま、今は大人しくしててくれ。というか、腕が保つか分からないから掴まってくれねぇ?」

 クロエが苦笑いしながら言うと、13号は目を見開いてから、腰にがっしりと掴まって来る。安定感が急に増した。見た目こそ子供だが、やはり持っている力はクロエの比ではない。


「サティ、ありがとな」

「いえ。……あの、サティというのは、私の呼称でよろしいですか?」

「あ? そうだぜ。〝13(サティン)〟。人間なんなら呼び方があった方がいいだろ?」

「…………はい」

 しばし考えたあとに控えめな返事。クロエはくっくっと引き笑いをした。




 3人は下層階の北東にあるロストラから南西へ突っ切るように飛んでいく。眼下はいまだ、煌びやかで人が密集しているロストラの景色ではあるが、次第に中央通りと、その奥のスラムが見えてきていた。

「スラムへ向かっていますか?」

「ああ。トタン建てばっかだけど、その分めちゃくちゃ混沌として入り組んでるだろ。いちおう、顔見知りもいるから。身を隠すくらいはできっかなって」

 クロエはそう答えながら、まだ距離があるスラムの方角を見た。まずは軍部から追われているヘレンを匿うことが最優先。ヘレンは右肩の上に俵担ぎで運んでいる。エアブーツを使っているからできる運び方だ。顔は見えないが、静かだった。




「……なあ、サティ。なんでヴァンテはオレ達を助けようとするんだ? お前を寄越してでも護りたい理由とか、あんのか?」

「私も詳しくは知らされていませんが、主人は『アノンに償う』とよく口にしていました。そして、クロエ様のエアブーツの技術やご家庭の環境が、今後必要になる、と」

「は? 何であいつ、んなこと知って……まあ、上層階出身だったら、あるか……」


 思わぬ話題が飛び出して、クロエは分かりやすく顔を歪めた。クロエにとって家族を巻き込むことは、最も避けたいことでもあった。するとサティは申し訳なさそうな声で、弁明するように続けた。


「どうか無礼をお許しください。主人は、友人たちの命を人質に取られているのです。過去にSARPや生殖障害症候群に解決策を講じようとした際も、かれらの命を盾に、軍部によって捻じ曲げられてしまった。結果、人が残っている【塔】がエルゼノアだけとなっても、今なお……」


 クロエの思考は一瞬、真っ白になった。


「まっ、待て! いま、他の【塔】の人間は残っていないって言ったか?」

「……ご存知なかったのですね。そうです、他の【塔】はすでに廃棄されています。総合政府も、今は名だけです。交易商や旅行者のように見えている人々は、幻影なのです」


 幻影?俄かには信じがたい話だった。クロエは、そしてきっと住人のほとんどが、エルゼノアと同じように他の【塔】にも人が暮らしている、と信じている。ボスの言っていた台詞が、頭の中で響いた気がした。


──だけどこの【塔】はそういう事の繰り返しだぜ。ボロが出そうになったら覆い隠す。見えないようにして……聞き覚えないか?──



三次視像(エルグラム)……でか」

「はい」


 サティの迷いのない返答に、クロエは呆然としてしまった。ボスが言っていた意味がようやく理解できた。本当に〝大した事ないと思い込まされている〟のだ。生殖障害症候群は今でもあり、進行していて、人類を脅かしているのが現実だ。ほかの【塔】で人が滅んだと聞けば、パニックになるだろう。



「そうか……じゃあ、ヴァンテは軍部と総督のそういうやり方に、抗おうとしてんだな。だから、人質が取られちまって、やむなく従っている」

「その通りです。軍部と総督閣下は、人々が滅びようが、自分達さえ助かればそれでよいのです。だから主人を使って、生き残るための技術を作らせました。延命処理、換装身体に代わる身体の機械化、……ヘレン様の『自殺病』も、です」


 クロエはやっと今、自分たちが向かっている先が見えてきたように感じていた。総督スクラトフと軍部は、自分達にとって都合よく暮らし、生き残るためだけに、人々を騙し続けている。本当は、SARPも生殖障害症候群も放ってはおけないのに、気が付かせないようにして。ボスが言った〝すべてが繋がっている〟とはそういう意味だろう。


 となると、『自殺病』となって軍部に追われているヘレンを助けるためには、匿っていても解決にならない。軍部や総督を相手にして、立ち向かわなければいけないのではないか。


 クロエは、自身が招いた事態の重さを感じるとともに、迷いを生じていた。生き残ることだけに必死で、強いふりをして逃げてきたこれまでに、決別できるのか。その覚悟があるのか──。




 その一瞬の迷いが、仇となった。




「! ク……」


 サティが叫ぶのとほぼ同時に、銃弾が腹を撃ち抜いた。激痛に襲われて、クロエは歯を噛みしめて叫び声を堪えた。


 狙撃されるにしても早い段階だった。天板すれすれを飛んでいて、付近に狙撃手が入れそうな高台もない。しかし、銃弾が飛んできた方向に見えたのは、ロストラエリアの南端にある高層建築物。命中させることは相当難しいが不可能ではない。


 クロエが向けた視線の先で、高層タワーの屋上に立って居たのは、痩せた男。1人ではなく、後方にノフィアらしき者たちの姿も見えた。距離があってはっきりとは顔が見えないが、クロエにはそこに立っている者が誰なのか察しがついた。



 ベルヌーイ少佐。軍人でありながら、下層階の勢力とも繋がりを持つ人物。ロストラでの数少ない友人でもあった。


(そういえば……腕は良いぜって……言ってたな……)



 痛みを耐えようとする努力もむなしく、意識が急速に遠ざかっていく。エアブーツの噴射が弱まって、空中から3人が落ちて行く。逆さまになって落ちていくクロエと、スコープ越しのベルヌーイの視線が交差した。


 落下が迫るなか、クロエは残った力を振り絞る。ふたりを抱えたまま身体の向きとブーツの方向を変えて、落下経路を調整した。狙撃された位置は廃棄場の上空。彼らはすっぽりと廃棄口に入る形で、地下へ落ちて行った。





 スコープを通してその光景を見ていたベルヌーイは、ため息をついて肩を落とす。


「……なんだよ、あの顔。何笑ってんだよ……」


 クロエの脇腹を打ち抜いた銃を構えたまま、誰へともなく呟く。


「少佐、お見事でした」

「ああ。エレベータ近くに人を回しとけ。ボスのところはノフィアの兄さん方も退いただろ? あのババア、次は仕掛けてくるぜ。準備しときな」

「了解しました」


 ベルヌーイは部下に背を向けたまま指示する。タワー屋上から部下やノフィアが降りていったあと、ふたたび長く溜め息を吐いた。

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