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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
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12/40

scene(3,Ⅲ);

 ボスから告げられた話の内容を、クロエはうまく呑み込めていなかった。全て繋がっている、とはどういう意味なんだろうか。


 しかしボスは視線を合わせようとせず、のんびりと煙草を吸っている。こちらの疑問に答える気はなさそうだった。ボスの肺に煙が深く吸いこまれる。吐き出すのと、ふたたび喋り出すのが同時だった。


「……ノフィアもその娘を探してる。アナスタの野郎がこの辺りを嗅ぎ回ってるのも見たぜ」

 ボスが口にした名は、クロエにとって因縁深い人物だった。思わず眉間に皺が寄る。


「アナスタ……あのド腐れオートマタ野郎」

「ああ。アナスタは馬鹿だが、脳と心臓以外……脊髄ももう機械になったんだっけか? あの身体だけは厄介だな」

 ボスもまた、忌々しそうに顔を顰めた。


 下層階で活動する犯罪組織・ノフィア。法と警察が存在しない下層階を取り仕切っているのは、ボスの組織“アウリス”、そしてアナスタのノフィアだ。ノフィアは暴力や脅迫、非合法の営利活動を行うゴロツキの集まりだ。軍部が背後で糸を引いていて、実質的にかれらの小間使いになっている。

 下層階をまっとうに守ろうとしているアウリスと、暴力に訴えて軍の言うままに金を貪るノフィア。この二つの組織は縄張りを争って対立している。アナスタはノフィアの現頭領。全身を()()()しているともっぱら噂の人物だ。



「じゃあ、()()()()()前にひとつ教えておいてやる。その娘は現代の人間じゃない。過去から来た」

「はっ……?」

 突拍子もない話がボスの口から飛び出して、クロエは思わず目を丸くした。


「その娘が、ヘレンが受けていた実験は……」


 ボスが言おうとした瞬間、建物全体を突然、爆発音とともに大きな揺れが襲った。





「なんだ⁉︎」

 クロエは慌てて、隣に掛けるヘレンへ覆いかぶさるようにして庇う。同じようにして、護衛の二人はボスを守っている。部屋には必要最低限の物しか置いていなかったお陰で、倒れたり飛んでくるようなものはなかった。

 地震は最初の大きな揺れが一回のみで、すぐに収まる。クロエは周囲を見回して危険がないことを確認したのち、窓硝子へと駆け寄った。この建物のすぐ傍で、ロストラの街が燃えて黒煙を上げている。


「街が……!」

「どんな状況だい?」

「近くで爆発があったようで、街が燃えてます!」

 クロエから状況を聞いたボスは、無言で車椅子の手摺を膝置き部分をトン、トンと叩く。


「……ここはエルドリウム機器を遮断してる、クロエ達も地下から上がって直接ここにいた、ってことは……狙いはアタシの方か。こうなっちまったら仕方ねえな……」

 ぶつぶつと呟いたあとに、ボスは護衛に早口で何か指示した。護衛の一人が車椅子の背中側を操作すると、銃が何丁か取り出されて、ボスに手渡される。拳銃なんか比にならないような物騒な火力の散弾銃だ。


「おいクロエ。てめェ確か、ベレッタ持ってるよな」

「10発しか撃てないっすけど」

「てめェが助けたんだ、その娘を守れるな?」

「何とかします」

 クロエが落ち着いた口調で答えると、ボスはニヤリと笑った。


「地上にはノフィア達が居る。非常階段を降りてくと、3階から外に出られる。そこから逃げな」

 ボスはクロエが何か言おうとするのも聞かず、すぐさま車椅子を旋回させ、背中をこちらへ向けたまま叫んだ。


「言っとくが、お前らはもう巻き込まれたんだ。戦うか、今まで通り俯いて見ない事にして、そっぽ向いてるかだ。覚悟決めな!」

 それだけ言って、ボスと護衛達は慌ただしく立ち去ってしまった。



「ボス……」


 クロエは呆然と呟く。戦えと言いながら、逃げろとも。結局庇ってくれている。相変わらず、言葉の荒さに反して優しい人だ。


『今まで通り俯いて見ない事にして』──ボスはクロエの本質を見抜いていた。下層階で生きるために、『自殺病』もノフィアの横暴からも目を背けてきた。ヘレンを助けた今はもう、逃げられない。立ち向かえ。そう言われた気がした。



 クロエは持ち歩いている拳銃を取り出し、上部のスライドを引きながら、窓硝子から街の様子を窺う。炎上している範囲はこのビルから数ブロック先で、先ほどの音からしても爆発物を使った襲撃だろう。クロエ達が居る建物の入口付近では戦闘が起きている。

 襲撃者はノフィアのようだ。クロエは以前に関わったことがあるうえ、エアレースで()()()()()()なので、ひと目で分かった。


 しかし恐喝や暴力行為を食い扶持とする彼らといえども、アウリスとまともにやり合ったら、被害が尋常ではないはずだ。だからこそ、これまで睨み合いで済んでいたのだから。ノフィアを(けしか)けたのが誰かは、明白だった。


「軍部……か」

 クロエは人知れず言ってから、椅子に座ったままのヘレンの元へ早足で近付く。


「階段行くぜ。付いてきてくれるか?」


 ヘレンは生気のない瞳で、こくり、と頷いた。

【用語解説】

・アウリス……ボスが管理する組織。自警団のようなもので、下層階の人々を守ろうとしている。

・ノフィア……アナスタが管理する犯罪組織。軍部と繋がりがある。

・ベレッタ……拳銃の一種。

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