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アイデンティティ・シンクロニシティ  作者: 伊藤沃雪
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11/40

scene(3,Ⅱ);

 金髪金眼の女性──〝ボス〟との話は、エレベータから離れた先の別室で行われた。


 案内された部屋ははじめ、窓のない密室、かつ防弾壁で四方が覆われて牢獄のようだった。その中心に置かれたローテーブルと革張りの椅子だけが、この世と相容れないものに見えた。ボスが護衛に何か指示すると、部屋の一面が硝子張りのように透過して、街の風景が見えるようになった。どうやらここは、ボス所有のロストラを眼下に眺められる高層建築物の一室らしい。


 ボスと彼女の護衛が二人、そしてクロエとヘレン。護衛たちは男とも女とも取れない中性的な見た目のうえに、黒いスーツ、黒いグラスを着用していて、感情すら様と知れない。彼らは座ろうとはしなかった。


「彼女、ヘレンは上層階で出会いました。『自殺病』で落ちたのを助けましたが……下層階で廃棄口から落ちてしまったので、オレが飛んで追いかけて、そうして廃墟層に辿り着きました」

「……」

 クロエが説明する間、ボスは何も言わずに車椅子の膝置き部分をトン、トンと指先で叩いていた。


「あそこで見たのは、研究施設、ヴァンテという名の研究者と、資源分解槽。明らかに再開発を終えて生活に即した機能を持つ街、施設です」

「ヴァンテ?」

 ボスが全く同じペースで叩いていた指先を止め、その名を繰り返した。


「ご存じですか? 彼がオレ達を助けて、ここまで送ってくれたんです」

「……いや……まぁいい」

 ボスは車椅子に背を倒すと、ぎぃぃと音を立てて軋んだ。懐から取り出した煙草らしき形状のものを吸いながら、続けた。


「……じゃあ……お前にも分かってるだろ? あそこが、軍部が関わってる施設だってことは」

 クロエは静かに頷く。廃墟層でヴァンテの三次視像(エルグラム)と交わした内容だった。


 エルゼノアの【塔】を支配するエルゼノア国軍当局。通称、軍部。かつて250年前に起きた世界大戦を戦った軍人たちが、今でも権力中枢を掌握している。政治や法律はもちろん、民の生活に関する細やかな決まり事まで、全てを管理しているのだ。

 エルゼノアの住人たちは、彼ら軍部によって大戦と汚染を生き延びた恩義、250年間大きな混乱が起きなかったという信頼と諦観から、彼らに全権を預け続けている。


「あれは何……一体何を研究してんですか。規模感がおかしいでしょ。捨てた住居層を丸ごと使うなんて、ただ事じゃない」

 クロエが改めて問いかけると、ボスは煙草を深く吸ってから、じっくりと吐き出した。


「……人間が徐々に生まれにくくなっている事は、お前でも知ってるか?」

 ボスが口にしたのは、思いがけない話題だった。

「ああ……まぁ、はい」

 つい返事も曖昧なものになる。確かに最近では【塔】の出生率は年々減っていると聞くし、クロエ自身も両親とは50歳も年齢が離れている。それだって毎年コツコツと自動授精を行った結果の待望の子供だったそうだ。だが、廃墟層で見た巨大研究施設のイメージとはまったく結びつかなかった。


「お前らは大した事ないと思い込まされているが、種の存続にかかわる問題だぜ。もともと【塔】1本につき10億、全部で7本の70億いたはずの人類は、いま20億人しか居ない」

「そりゃ、生殖障害症候群せいしょくしょうがいしょうこうぐんのせいじゃないですか?」


 生殖障害症候群は、100年前に発見された病で、その名の通り生殖しても子供が生まれないという症状が発現する。いまや【塔】の住人にとっては国民病と言えるほど当たり前のことだ。他の【塔】でも同じ現象が起こり、全ての【塔】合同での機関──連合政府でも対策を検討していたらしい。なんにせよ、クロエの両親のように、たいていの住民は何年か自動授精を試みなければ子供は生まれないだろう。


「生殖障害症候群……妊娠できない、出産できない、身体が欠損して生まれてくる、何かしらの適合障害がある。そういうのをフォローするのに、換装身体は打ってつけだよな。四肢がなくても補強できるしよ」

「まさか、生殖障害症候群を隠すために? ……いや、だったら生身でいることが許されないか。そもそも換装身体が発明されたのは700年前からだから……」

「ああ、その通りだ。だけどこの【塔】はそういう事の繰り返しだぜ。ボロが出そうになったら覆い隠す。見えないようにして……聞き覚えないか?」


 ボスに言われて、クロエの頭に浮かんだのは上層階の光景だった。三次視像だらけで、匂いすら調整されている街。


「アタシが言いてェのは……繋がってるってことさ、全てが。SARP(サープ)による世界大戦と汚染、生殖障害症候群、『自殺病』、廃墟層、そしてその娘もな」

「ヘレンが……?」


 クロエは話の内容が理解しきれないままに、傍らのヘレンを見た。SARPはヴァンテ三次視像が教えてくれた、天候兵器のこと。現在では【塔】が浄化して三次視像エルグラムで隠している。言われてみればSARPも隠されているが。それにしたって、250年も昔の大戦とヘレンが繋がっているとは、ピンと来ない。ボスはその顔を一瞥してふん、と鼻息を鳴らした。


「だから軍から追われてる。本当は身を投げて終わるはずだったのを、世話焼きなてめェが助けちまったばっかりにな。笑えるぜ」

 ボスに皮肉たっぷりに言われて、クロエは思わず眉根を寄せた。

【用語解説】

・生殖障害症候群……100年前から流行している病。そもそも受精しにくく、妊娠まで進んでも出産できない、正常な身体で生まれない等の症状が起きる。

・自動受精……出産希望者が卵子と精子を提供し、全自動で定期的に受精処理を行うシステム。

・生身……換装身体ではない人のこと。普通の人間。

・延命処理……寿命を延ばすこと。生身の人間は延命処理が可能で、200~300年程度生きられる。換装身体は延命処理不可。

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