中:嘘をついても、あなたをもっと知りたい
「ラングストン様、未だに敬語で他人行儀なのよね」
アルフィによる王妃教育の替え玉が始まり、早くも1年が経つ。この頃になるとフィオナは定期的に、第二王子ラングストンとお茶会で交流していた。最近は文通も始めて、関係は良好に見えるのだが。どうも思った通りでないらしく、フィオナは毎回不満げに帰ってくる。
「お茶会は微笑んで頷いてばかり、お手紙でも淡々と近況報告だけ。せっかく婚約したのに、甘い愛の言葉をちっとも言わないの。この前見た恋愛小説みたいに『こんなに愛しいと思ったのは君が初めて』とか『君こそ運命の人だ』って言ってくださらないかしら。
あっ、思い出したわ!もうすぐ楽しみにしていたロマンス観劇があるのよ。お金もあるし、お母様を連れて行きましょうっと!」
夢見がちなフィオナは、いつでもロマンス展開に憧れているようだ。そんな彼女に呆れつつ、アルフィはひっそり掃除に励んだ。右手で箒を使い、左手でグレンから貰った参考書を読み進めながら。
(この歴史書、グレン先生がよく読んでいるって紹介してくれたけど、分かりやすいな。これならフィオナ様でも・・・いや、あの人は流行りの恋愛小説しか読まないから、こういうのを読むのは無理かな)
グレンは国有数の貴族学院で首席を取る、現役の学生だと知った。そこで彼がよく使う参考書を借りては、予習と復習に使うアルフィ。日時になれば今日もフィオナに扮して、王妃教育のため王宮に向かった。
「この本、とても分かりやすかったです。苦手だったヴィリニス王国成立までの歴史が、時系列だけでなく要項で覚えられました」
「手助けになれましたか、良かったです。私も在籍する学校で、この本を使って学んでいまして。歴史書は難解でとっつきにくいと言われますが、これは読みやすいですよね」
「学校・・・どんな場所なのでしょう。お恥ずかしながら、そういった場所とは無縁で育ってきたものでして」
「一概には言えませんが、違う価値観の者が集まっていて、良い刺激になります。素晴らしい本も優れた教師も、沢山いますよ」
「わぁ、それは素敵ですね!沢山本を読んでみたいです。でも・・・グレン先生がとても素晴らしい教師ですから、優れた教師は大丈夫ですね」
「光栄です、ですが私もまだまだ精進する身。これからもあなた様にお教え出来るよう、努めなければなりませんね。数年後には卒業する身ですから、尚更です」
自然と会話が増えていけば、互いのことを分かち合っていく。勿論、アルフィ・パボットではなく、フィオナ・クラージアとして。自分を出せないのは辛いが、気付かれてしまうのは全ての終わりを意味するから。今日も彼は何とか、なりたくもない人物を演じるのだった。
○
王妃教育も2年が経過した頃。グレンは早めに勉強を切り上げ、アルフィを庭園の散歩に誘った。今日の小テストで満点を取り、これ以上教えることがないから、息抜きにとのことだ。勉強外で関われるとは、アルフィはまた勝手に胸が高鳴る。
庭園では、宝石のように輝く薔薇が咲き誇っていた。綺麗ですね、なんて言いながら隣のグレンを見ると、何故か寂しげな顔を浮かべていた。
「・・・先生?」
「やはり、花は綺麗な方こそ絵になりますね。私も花が好きなんです、特に雪のようなかすみ草が。でも、似合わないでしょう?こんな勉強しか取り柄のない地味な男が、花好きなんて。あなた様のように、心も容姿も美しくないというのに」
アハハと、軽い自嘲を漏らすグレン。一部はへりくだりの意もあるのだろうが、ただただ自分の落ち度を語っているようだ。そんなことない、花好きで変なんて言われる訳が無い!アルフィは思わず、素の自分で声を出してしまう。
「そ、そのようなことはありません!」
「そう謙遜しないでください。必死に王妃教育に取り組む姿も、綺麗な花に目を輝かせる姿も、全てが素敵ですよ。・・・第二王子の婚約内定者に言うことではありませんね、巻き込んでしまい申し訳ありません」
そのまま話を切られて、散歩は終わる。結局勘違いされたまま、その日は終わってしまった。だが、このままでは終わりたくない。アルフィはその日から、空いた時間で各地の花屋を巡り始める。グレンの好きな、かすみ草を探すために。
あちこち探し回った結果、とても小さな花屋で綺麗なかすみ草を見つけた。なけなしのお金で小さなブーケを作ったアルフィは、次の授業にてグレンに贈る。あくまで、今までの授業の礼として。
「これは・・・!感謝します、私の好みを覚えていただけたなんて」
「喜んでいただけて、良かったです。それに好きなモノに、似合うや似合わないはありません。花が好きな先生も、す・・・素敵です」
自分の言葉で恥ずかしくなったのか、アルフィは顔を染めてしまう。それに可笑しさを覚えたのか、グレンはフフッと優しく笑った。
「そう言っていただけたのは・・・あなたが初めてですよ」
本当に嬉しそうな顔を浮かべたグレンに、アルフィも嬉しくなる。こんな些細な事で、喜んでくれるなんて。ドキドキしている感覚に気付けば、グレンに片想いをする自分にも気付いてしまった。
何を思っているのだろうか。今の自分はフィオナ・クラージア。第二王子の婚約者であり、教師に思いを寄せるなど許されない。まして本当の自分ですら、形だけの没落貴族。優秀な彼の隣に立つ権利も無いくせに。
「もし差し支えなければ、学外授業の時間を取るのはどうですか?我が国の教育現場に足を運び、広い視野を持つために」
「えぇ、喜んで!現場を見れば、もっと理解が進みそうですし」
適当な理由をつけたが、ただただグレンといたいだけ。もう少し・・・こうして過ごしたいと、身勝手に願った。
○
王妃教育の名目で、グレンと過ごす日々は過ぎていく。勿論勉強第一だが、時々現地学習の名で外に出た。新たな教育システムを取り入れた学校、最近出来た国立の図書館。難しいことも多かったが、グレンと一緒ならどこへでも行けた。
決して親しくなってはいけない、本当の自分に気付かれてはいけない。それでもグレンと親密になっているようで、幸せだった。危うさと幸福を抱える、なんとも不思議で夢心地のある日々だ。
だが替え玉も3年が過ぎ、アルフィはフィオナとして振る舞うことが困難になってきた。最初から彼が恐れていた、異性としての変化が顕著になったからだ。変声期を迎えて不安定な声になり、背丈も体つきも差が出るようになってしまう。
声は、理由をこじつけ話さなくなっていく。体調不良だと嘘をつけば、グレンを心配させてしまうのが辛い。だがもっと辛いのは・・・太らないよう言われ、ほとんど食事を与えられなくなってしまったことだ。それでも普段通り使用人として働き、王妃教育までやれば・・・倒れてしまうのは無理がない。幸いグレンの素早い処置で、大事にならずに済んだが。
「おそらく貧血ですね。王妃教育に力を入れるのは大切ですが、体を壊してはいけません。頑張りすぎて心配になりますよ、私は」
グレンは心配そうな顔をしながら、貧血に効くというプルーンを差し出した。空腹に負けて口に入れれば、久しぶりの甘み。だというのに食べている途中、アルフィは何故か涙が出そうになる。
1人が当たり前だった。だから、誰にも心配されていなかった。だというのに、騙されていることも知らず、こんなに優しくしてくれるグレン。自分が好きな人だからこそ辛い。立ち上がろうとするが、まだ不安定な足取りだ。
「本日は休みましょう、馬車まで送ります」
ボンヤリとした意識の中、グレンに抱きかかえられたアルフィ。こうして片思いする教師に支えられたのは・・・少しだけ、いや、とても幸せだった。勿論、申し訳なさでもいっぱいだが。
そして、倒れたのがきっかけか・・・翌日、フィオナ・クラージアの王妃教育を修了する知らせが届いた。教育の成績が充分に確認出来た、後日クラージア公爵家にラングストン王子が直接参上し、迎えに行くとのことだ。
「まぁ顔は良いし待遇も良いから、断ることは無いわねぇ。どうせ跡継ぎじゃない王子の婚約者だし、私も別に遊び相手作っても良いでしょ。あぁ~早く王妃としてチヤホヤされたいわぁ、そのために綺麗なドレスも用意しなくちゃね!お母様、まだお金は残ってたわよね?親子揃って新調しましょう!」
はしゃぐフィオナを遠目に、アルフィはそっと自室に戻る。王妃教育が終わった、もう替え玉をやらなくて済むのだ。食事も普通に戻り、細いドレスを着る必要がなくなった。重荷が下りたことに安堵するが、それは同時に・・・。
「・・・グレン先生と、もう会えないんだ」
教育が終われば、雇われていた彼はいなくなるだろう。感謝も、告白も、もう何も言えなくなってしまった。1粒、また1粒と、涙が床にこぼれ落ちる。いつも通りに戻っただけなのに、ようやく替え玉から解放されたのに。流れる涙をグシグシと拭いつつ、アルフィは自らのベッドに倒れ込む。
(・・・僕は、忘れません。4年間受けてきた授業の時間に、沢山のお話。貸してくれた参考書に、あの時贈ったかすみ草。全部・・・僕の、大切な思い出です)
気付けば替え玉の痕跡が消されたように、アルフィが着ていた衣服や取っていたノートは、ひっそり処分されていた。手元には何も残らなかったが、ずっと記憶は残っている。せめてどこかでグレンが活躍していることを願おう。
そっと目を閉じれば、いつもの姿をしたアルフィが、グレンと共に仲睦まじく歩いている・・・叶うはずの無い、幸せな夢を見るのだった。
読んでいただきありがとうございます!
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「下」は明日夜に投稿する予定です。