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上:都合の良い道具でも

趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。


物語内での王妃教育は、あくまで学校のような学問中心です。教師は本当に教師です、マナーやダンスとかはやりません。

ヴィリニス王国の王宮に、公爵令嬢フィオナ・クラージアは参上していた。第二王子ラングストンの婚約者に内定した暁に、彼女は今日から4年間、王妃教育を受けるのだ。一定の成績を修めなければ、内定取り消しもあり得る・・・そんな重圧からか、ガチガチに緊張している少女。


尤も“少女”と呼ばれることに、当の本人は慣れていないようだが。


(本当に無茶苦茶だよ、公爵様!いくら容姿が似てるからって、僕にフィオナ様の王妃教育を受けさせるなんて!!)


落ち着いた女性服を身に纏う“少年”は、周囲に誰もいないことを確認した後、ため息をついて頭を抱えるのだった。



アルフィ・パボットは没落伯爵の息子だ。両親を失ってから実家は衰退し、残された領地と権限は、父と縁があったクラージア公爵の手元に渡る。形だけの貴族になったアルフィは、公爵家に使用人として雇われている状態だ。立場が弱い彼は、良いように利用されていた。


「今日はミルクティーが飲みたいわ。っていうか何でこのミニケーキ、レーズンが入ってるの?別のヤツに取り替えてよ、ドライフルーツ嫌いなのに」


同い年である公爵の娘フィオナは、蝶よ花よと育てられた我儘娘。自分の要望は何でも叶えられると思っていて、とりわけアルフィに強く当たる。


「ですがフィオナ様、昨日はレモンティーが飲みたいと・・・。それにそのケーキは、さっきフィオナ様が選んだのでは」


「そんなの覚えてないわ、口答えしないで!」


「早く用意なさい、フィオナが可哀想じゃないの」


娘を味方するように、公爵夫人からも冷たく催促された。夫妻は娘の我儘を注意せず、むしろ何でも願いを聞く甘い親なのだ。こうなれば、アルフィはいそいそと用意し直すしかない。その間も彼への文句やら悪口が続く。


「まったく、置いてやってるだけ感謝してよね?我が家が無ければ今頃アンタは、路頭を迷って残飯を漁る野良猫なんだから」


クスクスと嗤う夫人の言うことは、誇張があっても真実だ。今のアルフィには、後ろ盾も居場所も無い。使用人という、公爵家の都合の良い道具。いつしかそれが当たり前になり、アルフィはすっかりこの生活と扱いを受け入れていた。


そんな時、12歳になったフィオナが、ヴィリニス王国の第二王子ラングストンの婚約者に内定した。顔合わせのため王宮へ向かい、「あんな人と結婚できるなんて幸せ!」と、きゃあきゃあ喜んで帰ってきたのを覚えている。


だがその顔は、すぐに曇ることに。王族と結ばれる準備として、一定の学識を付けるため、王妃教育を受ける必要があるのだ。ところがフィオナは「王妃にはなりたいけど勉強はしたくない!」と、王妃教育を断固拒否。


せっかく王家と繋がる好機を棒に振りたくない公爵家。それでも「無理にさせるのは可哀想」と、やはりフィオナに甘い夫妻。



「アルフィ。お前がフィオナとして、王妃教育を受けてこい」



最初そう命じられたとき、アルフィは「え?」と間抜けな声を出してしまった。


「王妃教育で一定の成績を出さないと、内定を取り消される可能性があるからな。勉強は無駄に出来る貴様には、うってつけの役割だろう」


勉強は無駄に出来る・・・笑われながら言われると癪だが、確かにそうだ。本好きで知識人だった父の影響で、幼い頃から本ばかり読んでいたから。


「ですが、替え玉は不正ですよ!?それに僕とフィオナ様は異性です、無茶に決まってます」


「お前はフィオナと同じ金髪蒼眼。顔つきも背丈も近いから、同じ髪型と衣服なら見分けが付かん。それに男のわりに声がやたらと高く、体つきも良いではないか。男色家どもが喜びそうなほど、な」


嗤いながらコンプレックスをつかれ、思わずかあぁと恥ずかしくなる。侮辱に必死に耐えるアルフィなど知らず、公爵は呑気に話し続ける。


「それにその教師とやらは、一時の雇われだ。授業内でしかフィオナを見ない。どうせお前が代役をしたところで、替え玉なんぞ分からんさ。


クラージア公爵家から王妃を出すためだ。お前は何も考えず、王妃教育で優秀な成績を修めろ」


冷酷な声と鋭い眼光は、アルフィを完全に押し黙らせた。



そして冒頭に戻る。落ち着いた女性服に、肩まで伸びる金髪を揺らし、そわそわしながら座るフィオナ・・・に扮したアルフィ。勉強に追いつけなかったら、そもそも男だと気付かれたら・・・。不安と焦りでいっぱいになっている中、コンコンと扉がノックされた。


「失礼致します、フィオナ・クラージア様」


扉が開いて現れたのは、整えられた茶髪の男性。思ったより若く、アルフィとそこまで年は離れてなさそうだ。分厚い眼鏡越しに見える、鋭い瞳。彼はある程度の距離を取りつつ、一礼した。


「お初にお目にかかります。この度の王妃教育を担当致します、グレン・アンドレと申します。以後、お見知りおきを」


頭を下げられたが・・・あれ、どうすれば良いんだ?とアルフィは一瞬慌てる。貴族らしい社交辞令など、一切やってこなかったから。どうしようかと慌てた末、フィオナがよく行うカーテシを辿々しく行った。向こうも何も言わなかったため、これで良かったらしい。とりあえず一安心だ。


だが淡々とした口調に無表情な顔。カチャッと眼鏡をかけ直す仕草で、すぐに厳しい人だと察したアルフィ。その予想通り、授業は激流の如く進んだ。外国語やら歴史やら幅広い学問知識が、板書でも口頭でもバシバシ出されていく。アルフィは教師の話を飲み込み、ノートを取るだけでも精一杯。最初の数ヶ月は成績不振で、勉強を終えて屋敷に戻れば、満身創痍で女装したままベッドに倒れていた。


知力の壁を感じて意思消沈する一方、アルフィは久しぶりの勉強を楽しみつつあった。無駄だからと、公爵家では勉強を禁じられている。当然学校には行けず、家庭教師もいない。毎夜1人でこっそり本を読んでいた彼にとって、教えてくれる人の存在は大きかったのだ。


だから・・・例えどんなに大変でも、熱心に授業するグレンに応えるように、懸命にノートを取っていく。小テストも悩みながら、何とか解ききった。おそるおそるグレンに渡す。彼はしばらく険しい顔で見ていたが・・・ふと微笑む。



「・・・フィオナ様は、美しい文字をお書きになりますね」



思わぬ言葉に、アルフィは驚いた。グレンも失言だと感じたのか、一瞬目を見開き、自責の念に駆られた表情を浮かべる。


「失敬しました、無関係なことを口に出してしまって。真剣に解いたフィオナ様を、不機嫌にしかねないことを・・・申し訳ありません」


勿論、ずっと学力主義でスパルタとばかり思っていたグレンが、こうして褒めてくれるのは驚いた。驚いたが・・・嬉しい。文字の綺麗さは勿論、最近褒められたことが無かったから。なんとしても、嬉しい意思は伝えたい。すぅと息を吸い、アルフィはなるべく高い声で返事をする。



「・・・ありがとうございます、嬉しいです」



そう言われて、グレンはキョトンとする。点と線だけで描ける様な可愛らしい表情に、アルフィはどこかクスッと笑ってしまう。おっと自我を出し過ぎた・・・この空気を何とかせねばと、言葉を紡ぐ。


「文字は書き手の心を示すと、父が口癖のように教えてくれたので。見た方が心地よくなるような文字を目指して、練習していた甲斐がありました」


「そうでしたか、素晴らしいお父様ですね。努力する貴女も」


また褒められて、思わずエヘヘッと微笑んだアルフィ。その顔につられてか、グレンも似たような顔で微笑んでくれた。彼の優しそうな微笑みは、思わず胸の高鳴りを感じてしまうほどだ。


それからというもの、アルフィは王妃教育を楽しんで受けられるようになった。勿論、相変わらずの厳しさと難しさはあるが・・・グレンと距離が近付けた、気がする。分からないことも聞けるようになり、少しずつだが成績も上がってきた。


替え玉をして騙している罪悪感は、決して拭えないが。

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。

「中」は明日夜に投稿します。

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