第6話 詳しい話を聞こうじゃないか
クララベルは侯爵令嬢にふさわしいマナーと教養を身に着けるため、家庭教師を招き、淑女教育を受けることになった。
高位貴族に必要な知識は多岐にわたる。
学ぶべきことがたくさんあった。
両親を失ってから教育らしい教育を受けて来なかったため、基礎からのスタートとなった。
クララベルのお披露目はルイーズ主催のお茶会で行うことに決まったが、侯爵令嬢としての体裁がある程度整うまでは保留となっている。
家庭教師の女は、なかなか成果があがらないことに苛ついているように見えた。
「お嬢様はそもそも要領がいいわけでもないのに、それを補おうと努力もしない。そのようにいつも怯えてびくびくしているだけでは、何事も身に付きませんよ!」
きつく叱られ、クララベルの体は硬直し、返事もろくにできない。
「なんとか仰いなさい!」
女がクララベルの手の甲を、びしりと扇で打ったとき、クララベルは心を閉ざした。
しばし焦点が合わないような様子だったと思えば、急にバンと机を叩いて立ち上がった。
「この年増のクソババァ!よくも叩いたわね!クララが大人しくしているからって調子に乗るんじゃないわよ!」
マリアベルの登場である。
突然の豹変に家庭教師の女は唖然として口を大きく開けたままマリアベルを見つめた。
その後、怒りがフツフツとこみあげてくると、女は大声でがなり立てた。
「な、な、なんですって!なんとはしたない言葉を!よくも私を侮辱しましたわね!あやまりなさい!」
「謝るのはそっちよ!教え方が悪いくせにクララを責めて叩くなんて、家庭教師失格よ!」
「んまあ!教え方が悪いですって!!」
「そうよ!教え子の様子を見て性格に合った方法で適切に教えることができなくて、何が家庭教師よ。あなたは無能よ」
「なんですってー!!!」
あまりに大声で騒ぐものだから、メイドが慌てて家の者を呼びに走ったのだが、あいにくこの日は次男のシャールしか在宅していなかった。
シャールとてまだ12歳の子どもだが、さすが侯爵家の息子、と思わせるだけの対応を見せた。
「何事か!」
シャールが強い口調で問うと、家庭教師の女はハッとして、顔を青ざめさせた。
「お坊ちゃま…!」
「シャールお兄様、わざわざ来てもらうことになってしまって、ごめんなさい。わたくし、こちらの家庭教師に折檻を受けました」
「い、いえ。そのようなことは…」
女は否定しようとしたが、マリアベルがシャールに叩かれた手の甲を見せると、そこにはくっきりと叩かれた跡が残っていた。
「どうやらクララベルの言っていることは本当のことのようだ。なぜクララベルに折檻を?」
「…出来が悪いからですわ」
「出来が悪い?クララベルはまだ学び始めたばかりだ。急に何でもできるわけがないではありませんか。そのことはあなたも承知して引き受けたと聞いていたのですが。あなたは生徒に鞭を与える方針なのですか。いくら家庭教師とは言え、身分はわきまえるべきでしたね。侯爵令嬢に傷を負わせたこと、我が父が許すとお思いか」
女の顔色は、紙のように白くなっていた。
「も、申し訳ありません…」
「謝罪は結構。しかるべき罰を受けていただくことになるでしょう。お引き取りください」
「は、はい…」
女は逃げるように侯爵家を出て行った。
シャールはクララベルの傷の手当てをするようメイドに命じた。
医学の心得がある執事を呼びにメイドが走る。
二人きりとなった部屋でマリアベルはシャールにお礼を言った。
「シャールお兄様、ありがとうございました。かっこよかったです」
「いや、別にいいけど。いつから折檻されていたんだ?」
「叩かれたのは今日が初めてです。でも、はじめっから嫌な感じだったわ!ぽっと出のみすぼらしい女が侯爵令嬢になるのが気に入らないみたいね。そんなこと言われても、別に好き好んで侯爵令嬢になったわけでもないのに」
マリアベルは気に入らない家庭教師を追い出してやったことに少し興奮していた。
シャールは少しだけ目を見開いて、マリアベルを凝視した。
「それが君の本性?いつもは大人しいふりをしているの?」
「え?あ…おほほほ。なんのことですの?」
あからさまにぎこちないごまかしに、シャールはさらに厳しい視線を向けた。
場の空気が凍り付きそうになったその時、駆けつけた執事が救急箱を持って部屋に入ってきたため、一旦シャールからの追及はやんだ。
打ち身に軟膏を塗り包帯を巻いてもらったマリアベルは、メイドが入れてくれた紅茶をすすった。
ついでに用意されていたお菓子もぱくっといただく。
卵白を泡立て焼いたメレンゲだ。
(おいしい~!!)
マリアベルアは、シャールに怪しまれていることも忘れ、お茶とお菓子の味を堪能した。
「・・・あのさ、お前、だれ?」
マリアベルはぎくっとしてシャールの目を見た。
じとっと観察するような目を向けられている。
「えっと・・・?クララベルですわ?」
シャールはあきれたような顔をした。
「なぜ疑問形?明らかにクララベルじゃないよね?お前はクララベルじゃない」
「でも、ご覧の通り、クララベルですわ」
「ふーん。じゃあ、中身だけ入れ替わってるの?」
「ななな!」
(なんでわかったー!?)
マリアベルは心底驚いた。
これまで何度もクララベルと入れ替わっているが、それに気が付いて指摘する人などこれまでいなかったのだ。
クララベルと関わる人間が、極端に少なかったせいである。
「詳しい話を聞こうじゃないか、妹よ」
シャールはそう言うと、言い逃れは許さない、という強い圧力を感じさせるほほ笑みを浮かべた。
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