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第36話 それが私の幸せ

 

 深い眠りについたクララベル。

 気が付けば、どこまでも広い湖に立っていた。

 視界の限り、静かな湖面が広がっている。

 足元は水に浸かっていて冷たい。

 芯から冷えたように、寒さがクララベルを包む。

 湖面に写った自分の影がクララベルに訴えかける。


「私を見て」


 クララベルはぼんやりとしていたが、繰り返される囁き声に、だんだんと焦点が水面の影に合ってきた。


「私を見て、クララ」


 水面に写った影は、自分であって、自分でない。

 強い眼差しで、クララベルを見つめている。


「あなたは…マリアベル?」

「そうよ、私はマリアベル。やっと会えたわ。私たち、ずっと一緒にいたのよ」


 マリアベルは優しくほほ笑んだ。

 それは少し母の面影にも似ていた。


「ずっと一緒にいてくれたの」

「そうよ」

「ありがとう」


 クララベルの目から涙がこぼれた。

 同時にマリアベルの目からも涙がこぼれた。


「わたくし、あなたのことに気が付かないで、ひどいことをしてしまったわ」

「いいのよ」

「よくないわ…。あなたにばかり辛い思いをさせて、わたくしはずっと逃げていたの。辛いことから目をそらしていたの。自分が傷つきたくないばかりに、あなたに痛みを押し付けてしまった。本当にごめんなさい」

「いいのよ、だって、そのために私は生まれたのだもの」


 クララベルは、自分の顔を両手で覆った。

 自分が情けなくて、悲しくて、悲しくて。

 水面の影から、マリアベルがふっと実態を持って現れる。

 そっとクララベルの体を抱きしめた。


「泣かないで、クララ。私はあなたを守りたかったの。それが私の幸せだったの」

「マリアベル…!」


 クララベルはマリアベルの体を抱き返した。


「だけど、ごめんね。私が好き勝手に行動したせいで、クララに敵を作ってしまったわ」

「いいえ、マリアベルのせいじゃない。いつもわたくしがウジウジしているから、みんなを苛つかせてしまうの」

「そうね、いつもクララはウジウジしてた」

「ごめんなさい…」


 マリアベルはくすっと笑った。


「そんなクララも大好きよ。けどね、もっと自信を持って。あなたはお父様にも、お母様にも愛されて生まれて来たのよ。覚えているでしょう?今だってあなたの周りには、あなたを大切に思う人がたくさんいる。みんな、クララのことが好きだわ」


 そう言われてクララベルの青白かった頬にうっすらと赤みがさす。

 記憶の奥にしまわれかけていた、本当の父、母の面影。

 クララベルを引き取ってくれた伯母の優しさと、嫌な顔一つせず引き受けてくれたシモン侯爵。

 大切に守ってくれたアルフレッドとシャール。

 学校でいつも優しくしてくれたポーリンとゾエ。

 そして、初めての恋を教えてくれたエルネスト。

 みんなの顔を思い浮かべると、クララベルの胸のあたりに、暖かな灯りがともった。


「でもわたくし…こわいわ。大切な人も、大切にしてくれる人も、いつかいなくなってしまうのでしょう?」


 マリアベルは、クララベルの手を取って握った。


「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。私にもわからないわ。起きるか起きないかわからない未来より、いま、ここで、私たちと共にいることを、大切にした方がいいじゃない?」

「いま、ここで、共にいる…」

「そうよ。失いたくないほど大切な人なら、失わない努力をすればいい。それでも失うときが来たら、その時に傷ついて、泣いて、悲しめばいい」

「マリアベル、あなたは強いわ。わたくしにはできない。傷ついて、悲しむなんて、耐えられない」

「あなたにもできるわ。だって、私はあなたなんだもの」


 その言葉がクララベルの胸に響いた。


「あなたはわたくし…」

「そうよ」


 クララベルがそれを受け入れた時。

 マリアベルの姿がクララベルに重なり合って、溶けて消えた。

 ぽかぽかと温かな気持ちを残して。


「マリアベル…。ありがとう」


 クララベルが胸に手を当て、空を仰ぎ見ると、白い温かな光がクララベルから発して、空間を満たし、一面光の世界となった。

 クララベルはその光に体をゆだね、目を閉じた。

 涙がすっと一筋流れる。

 次に目を開いたとき、現実世界に戻ることが、クララベルにはわかった。


「誰かに守られるだけの人生はもうおしまい。傷つくことがあっても、わたくしは、もう逃げない。マリアベル、見ていてね」


 そうして目覚めた時、クララベルは現実世界でも涙を流していたことを知った。


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