第35話 回顧をしたところで、虚しいだけ
「あなたは、エルネスト殿下の婚約者を狙っているのではなかったのですか」
「なぜですの?」
「なぜって、そうでなければ逆になぜこのようなことを?」
「わたくしはクララベルが嫌いなのです。本当は田舎者で身分が低いくせに、侯爵家に入り込んで。ひどく性格が悪いくせに、大人しいふりをして、アルフレッド様やシャール様にかわいがられて。しかもそれで飽き足らず、エルネスト様までも、たらしこんで!大嫌いだから、恋路を邪魔してやろうと思っただけですわ。わたくしは、クララベルなんかにだまされている愚かなエルネスト様の婚約者になど、なりたくありません!」
つんと鼻を上に向けて言い放つ様は、幼かったあの日の茶会で見せた姿と大差なく見える。
アルフレッドは苦笑した。
「だそうですよ、殿下」
背後の暗がりにアルフレッドが声をかけると、腕を組んで不愉快そうな顔をしたエルネストが歩み出た。
「私だって、お前の婚約者になど、なりとうないわ」
そう言われて、さすがのマノンも血の気が引いたようだ。
「殿下、そのようにお隠れになっているなんて、ひどいですわ」
「お前に言われたくないな。それに、隠れているのは何も私だけじゃない。皆、出てきなさい」
すると、物陰からアルフレッドの側近衆と、ジラール侯爵が現れた。
「お父様!」
ジラール侯爵は、怒りで体がぶるぶると震えている。
つかつかとマノンの側に歩み寄ると、その頬を平手で打った。
ばちんと大きな音が聞こえ、マノンは地面に吹き飛んだ。
「この馬鹿ものが!何ということをしたのだ!あれほど反省しろと言ったのに」
「旦那様、お待ちくださいませ!お嬢様は悪くありません。皆さまもこの記録石をご覧になれば、お嬢様がおっしゃっていることが真実だとお分かりになるはずです」
マノンをかばってヤスミンが身を挺してジラール侯爵を止め、記録石を差し出す。
その記録石をエルネストがさっと奪った。
「アルフレッドに問おう。先ほど君はここに写っているクララベルに見える女性は、別人だと言っていたな。それは真か」
「はい、誓って真です」
「賢者の目にて確認をしたとしても、そう答えるか」
賢者の目とは、王族が所有する秘宝で、真実を答えているかどうかを見抜くことができると言われている。
罪人の取り調べなどで用いられることがあるらしい。
アルフレッドは、自信を持って答えた。
「もちろんでございます。その者はマリアベルと申す別人でございます」
「信じよう。私の目で見ても、この女性はクララベルによく似ているが、まるで別人のふるまいだ。して、ジラール侯爵に問おう。先日のいさかいの解決として、ジラール侯爵令嬢は二度とクララベル嬢に関わらないと誓約したと聞いている。なのに、これは一体どういうことだ」
ジラール侯爵は、エルネストの足元に膝まづいて、両手を地面に付けた。
「申し訳ありません!私の教育が足りなかったようです」
「一度はチャンスをやった。だが、令嬢の愚かさは目に余るものがある」
「はっ、返す言葉もございません。今後は二度と殿下の御前に出られぬように致します」
「しかし、侮辱を受けて罪に問わぬわけにはいかない。ジラール侯爵家はシモン侯爵家に慰謝料として500000ゴルを支払うこと。また王太子侮辱の罪への罰則として王家に500000ゴルを支払うように。支払えない場合は、ジラール侯爵令嬢は強制労働機関での労働を命じる。またジラール侯爵の監督不行き届きの罰として、侯爵家を一段階降格、本日より伯爵を名乗るように」
「‥‥!は、はい。かしこまりました」
ものすごい額の慰謝料と罰金を命じられ、ジラール侯爵は、がくりとうなだれた。
侯爵家の年間収入を軽く2倍は上回る額を、支払わなければならない。
領地を切り売りせねば工面できないだろう。
そのうえ、降格。
ジラール侯爵は、隣で泣きわめいている娘を見て、どこで間違えてしまったのだろうかと人生を振りかえったが、そんな回顧をしたところで、虚しいだけだった。
後日談になるが、ジラール侯爵は伯爵となり、結局領地の三分の一を売り払って、金を用意した。
マノンを強制労働に行かせることは回避できたが、一つの派閥をまとめ上げて来たジラール侯爵家の歴史に汚点を付けた。
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もう少しで完結です。
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