第30話 別人格の少女
「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
「・・・・・」
シャールの言ったことが脳に浸透して理解されるまで、かなりの時間を要した。
その間、しばし呼吸を忘れるほど、アルフレッドは衝撃を受けた。
「な、んだって?」
アルフレッドは我知らず、首を横に振った。
信じられない、という気持ちが行動に出てしまっていた。
「本当だよ。俺は何度もマリアベルと会っている。兄さんの前にも表れたことはあったよ」
「ウソだろう…?」
アルフレッドの口の中で、声にならないつぶやきが、生まれた。
(別人格の少女が、私の前にも表れたことがある?私はクララベルのことを想いながら、クララベルと別人とが入れ替わっても、気が付かなかったと言うのか?)
侯爵令息として、どんな時でも感情を読み取られないようにと厳しくしつけられて来た成果が、アルフレッドから表情を奪う。
内心、どのような絶望を味わっても、無表情でやり過ごそうとする。
そんなアルフレッドを気遣いながらも、シャールは言葉を続けた。
「クララが伯爵家で使用人から暴力を受けて育ったことは、兄さんも知っているだろう?クララは辛い思いや、痛い思いをした時に、心を閉ざして意識を失う。その時にクララの代わりにその痛みを引き受けて来たのが、マリアベルなんだ。マリアベルはクララが死なないように、暴力をやり過ごして、食べ物を探して与え、クララを守って来たんだ。そしてそれは、今も続いている。うちに来てからもクララをいじめた家庭教師やメイドを撃退したし、学校でもマノン・ジラールと戦っていた」
「待ってくれ…。それではマリアベルは、クララの辛い、負の部分だけを引き受けて生きて来たというのか?クララを守るために…?」
「まあ、おおむねそうだろうな」
二人は気が付かなかった。
部屋の扉が薄く開き、外でクララベルが話を聞いていたことに。
クララベルは顔面蒼白になり、よろけながら自室に戻って行った。
だからそこから先の話は聞かなかった。
「でも、俺から見たマリアベルはいつも楽しそうで、生きることに常に希望を見出しているような子だよ。だから負の部分だけを引き受けたと言っても、マリアベル自身はそうは思っていないんじゃないかな」
「そうか…」
クララベルがもし最後まで話を聞いていたなら、また違った結末があったのかもしれない。
◆◆◆
ほんの少しだけ、時を戻そう。
アルフレッドに頭を撫でられ、寝落ちたクララベルは、ほんの一時ですぐに目覚めた。
マリアベルが出てくるほど深くは、意識が落ちなかった。
少し頭がぼんやりしていたが、側にいつも付いてくれているメイドのアンリがいて、心配そうに見守ってくれていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「アンリ…、ありがとう。大丈夫よ」
「よかったです。何か温かいお飲み物を用意しましょうか」
「ええ、お願い」
アンリが部屋を出て行くと、クララベルは身を起こした。
少し気持ちが落ち着いて、先ほどのことも、遮幕を通して見ているような、非現実感に包まれていた。
アルフレッドの、大丈夫、という優しい声だけが現実感を持って、クララベルの心に響いていた。
「お兄様にお礼を言いたいわ」
クララベルはベッドから降り、アルフレッドの部屋へやって来た。
ノックしようとして、中から話し声がすることに気が付いた。
(シャールお兄様もいるのかしら?入ったらお邪魔かしら?)
クララベルは気を使って、ほんの少しだけ扉を開け、中の様子を窺った。
兄二人が深刻に話をしている様子に、どうしようかとためらったとき、クララベルの耳にシャールの言葉が飛び込んで来た。
「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
クララベルの全身に衝撃が走り抜けた。
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