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第2話 懐かしい面影

 

 マリアベルがこの孤児院に出入りするようになったのは半年ほど前からである。

 やせっぽっちで顔色の悪い少女がフラフラと孤児院の前で倒れたのを、イリスが助けたのがきっかけである。

 体にはいくつもの痣があり、日常的に暴力を振るわれているように見えた。

 意識を取り戻したので食事を与えると、少し元気が出て、家に戻ると言う。


「帰る家があるだけマシだね」


 そう憎々し気に言った子がいたが、マリアベルは少し困ったような顔をして何も言わなかった。

 それを見て多くの子どもたちは、互いに目配せし、物知り顔で頷いたりしている。


「おい、そんなこと言うなよ」

「だって、こいつはまだ捨てられてないんだろう?」

「捨てられた方がマシってこともあるだろう」


 孤児院にいる子どもたちは、それぞれに親に捨てられたり、貧しい家から追い出されたりした過去を思い浮かべているようだった。

 孤児院に来て日の浅い子どもだけは、貧しくても家に帰れるならその方がマシだと言った。


「なあ、お前もここにいれば」

「そうだよ、ここにいればいいよ。ここはみんながいるからさみしくないよ」

「それにご飯も毎日食べられるし、仕事だってあるんだ」


 子どもたちが口々にマリアベルに言うが、マリアベルは首を横に振った。


「クララがいるから。クララはあの家から出られないから」


 決意をこめたような力強さに、それ以上はだれもマリアベルを止めなかった。

 それからというもの、マリアベルは空腹に耐えかねるとここへやって来ては食事を取り、クララベルのパンをもらって帰るようになった。


「先生、これを。よかったら使って」


 何度目かにやって来たとき、そう言ってマリアベルは小さな宝石をイリスの手に握らせた。


「これは・・・!?」


 驚いて目を丸くするイリスに、マリアベルはにっこりとほほ笑んだ。


「クララのお母様の形見なの。これを売って、みんなに美味しい物を食べさせてあげて」

「このような高価な物をもらえないわ。ましてや形見だなんて!そんな大切な物を」


 イリスは宝石をマリアベルに返そうとした。

 しかしマリアベルは笑って首を横に振った。


「私たちが持っていても宝の持ち腐れだもの。それに、持っているのが見つかったら家の者に奪われて売られてしまうと思うわ。それなら有効に使いたいの」

「でも…」

「冬が来る前に窓を直さないと。ね、使って」


 しばらく迷ったものの、イリスは深々と頭を下げ、宝石を大事そうに受け取った。


「ありがとう。大事に使わせてもらうわ。これで安心して冬を迎えられるわ」


 そう聞いて、マリアベルは本当に嬉しそうに笑った。

 マリアベルが帰ると、イリスは受け取った宝石をまじまじと見た。

 これほどの宝石を持ち出せるとなれば、裕福な家の娘なのだろう。

 しかし、それにしては粗末な服を着て、いつもお腹を空かせている。

 気になってマリアベルのことを知人に聞いて回ったりもしたが、正体はわからなかった。

 それならば、とクララベルのことを調べてみると、その名の令嬢が存在することがわかった。


「前ご領主様の一人娘クララベル様…。マリアベルの言うクララってこの方なのかしら。でも伯爵家にゆかりのある娘が、食料を求めて孤児院へやって来るわけないか…」


 あるいはトーマ伯爵家で、何かが起きているのだろうか?

 一介の孤児院経営者にそのようなことを知るすべもなかった。


「でも、見過ごせないわ」


 イリスは王都にいる師匠とでも呼ぶべき人物に、何年振りかで手紙を書くことにした。



 ◆◆◆



 クララベルはふと目が覚めた。

 いつの間にか夜も明けて、気が付けば自室のベッドに横たわっていた。

 蹴られた背中がズキズキと痛む。

 窓から差し込む朝日に照らされて、サイドテーブルにパンと果物が置いてあるのが見えた。


(アガタが持ってきてくれたのかしら)


 食事抜き、と言われたような記憶がぼんやりとあったが、夢だったのかもしれない。

 クララベルは昨日着ていた服を再びまとって、パンと果物を食べた。


(パンは固いけれど、果物はなんてみずみずしいの!)


 とても久しぶりに新鮮な果物を口にして、クララベルは少しだけ口角を上げた。


(あ、わたくし、笑っているの?まだ笑えるのね。よかった)


 クララベルは両手を胸の前で組み、祈りをささげてから食事を終えた。

 いつも通り掃除用具を持って階下に降りていくと、ちょうど家令が来客の対応をしているところだった。

 素敵な水色のドレスを着た貴婦人が立っている。


(いけない。お客様がいらしているのだわ。こんな格好で出て行っては失礼ね)


 クララベルはすぐに部屋に戻ろうと身をひるがえしたが、玄関ホールにいた客の目がクララベルを捉えてしまった。


「クララベル?クララベルなの?」


 名前を呼ばれてクララベルは目を丸くして振り返り、客の顔を確認した。

 美しく髪を結い上げた貴婦人には、どこか懐かしい面影があった。

 亡くなった母と同じ色の瞳。


「伯母様…?」


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