第28話 クララベルの記憶
「あっ、クララ!」
思わずそう声に出してしまい、アルフレッドにきつく睨まれる。
呼ばれたクララベルもびっくりしている。
マルクは慌てて自分の口を手で押さえ、ペコペコと頭を下げた。
「すみません!つい、マリアベルから聞いたことがあったもんで」
「なに?クララベルに似ているという令嬢がクララの名を?」
「はい、すみません。孤児院にいたころ、よくマリアベルはクララに食料を持って帰っていました。クララは家から出られないからって」
それを聞いてアルフレッドは母から数年前に聞いた話を思い出した。
「ああ、それでわかったよ。伯爵家にいた頃、クララベルの侍女が町中に出て食料を調達していたようだと聞いたことがある。侍女が孤児院に助けを求めたおかげでクララベルを助けることができたと。侯爵家にクララベルが来た時に侍女は付いてこなかったので、それきりになってしまったのだが、そのマリアベルという令嬢はクララベルの侍女だったのではないか?」
マルクもその話にはなるほど、と納得した。
そうだったのかもしれない。
しかし、当のクララベルは少し困ったような頼りない表情でいた。
「わたくしの侍女…?」
クララベルの記憶では、伯爵家に侍女はいなかった。
伯爵家にいた使用人は家令のクレモンと料理人のユーゴ、そして女中のアガタ、その三人だけだったと記憶している。
いや、もっといたのだったか。
自分に優しくしてくれた使用人もいたような気もする。
あの頃のことを思い出そうとすると、体が小刻みに震えて、なんだかとても恐ろしいような、焦る気持ちが胸に沸き起こる。
だからあまり思い出さないようにしていたし、思い出せないこともたくさんあった。
記憶がとぎれとぎれで、自分がどこでどうしていたのか、説明できない。
それは侯爵家に来てからも時々起きていた。
だから自分の記憶をまったく信用できなくなっている。
(わたくしには侍女がいたの?わたくしによく似た、わたくしのために食料を集めてくれていた侍女が?覚えていない…。こわい…。私は自分がこわい!)
痛み出した頭を両腕で抱え、ガタガタと震え出したクララベルを見て、アルフレッドは驚愕した。
「どうした、クララ!」
アルフレッドがクララベルの肩に手を置くと、クララベルは苦しそうにつぶやく。
「こわい…。お兄様、助けて…」
「クララ!大丈夫か?お兄様はここにいるよ。マルク君、すまないがこれで失礼するよ」
「あ、はい!お大事になさってください」
アルフレッドはクララベルを抱きあげると、表に待たせていた馬車へと足早に向かった。
あとには、不安な気持ちを掻きたてられたマルクが取り残された。
◆◆◆
侯爵家に馬車が付くと、アルフレッドはクララベルを抱きかかえたまま馬車から降り立った。
出迎えた執事やメイドは、クララベルがアルフレッドにしがみつくようにして泣いているのを見て驚いた。
「お嬢様はいかがされたのでしょうか」
執事が心配そうにアルフレッドに尋ねる。
「どうやら昔のことを思い出して苦しんでいるようだ。こわい、こわいとつぶやいている」
そう聞いて執事は、日ごろからクララベルの側に付いている心優しいメイドに、クララベルが落ち着くまで側にいるよう指示を出した。
クララベルの部屋まで抱いて行き、ベッドにそっと横たわらせるとアルフレッドはクララベルの髪を優しくなでた。
「大丈夫だよ、クララ。ここには何もこわいものはないよ。さあ、安心して少しお休み」
クララベルは小さく頷くと、やがてスッと眠りについた。
それを見届けてから、メイドに場所を替わり、アルフレッドはクララベルの部屋から出た。
部屋の前にはシャールが壁にもたれかかり、腕を組んで立っていた。




